二人三脚

「2人組作って、作った人から座ってー!」
 中学体育教師が朝礼台の前に立って、そう言った。同時に生徒たちの間では、誘い合いが始まった。普段から仲の良い者同士が声を掛け合い、ペアを作っていった。
 周りが次々にペアを作っていく中で、1人の少年は、黙って俯き、1人で佇んでいた。そうしている間にも周りは我先にとペアを作っていき、残った生徒は段々と減っていき、彼は焦った。そして余ったクラスメートに声をかけようとするが、彼の行動よりも先にペアは作られ、とうとう、男子では彼1人が余ってしまった。
 別に、彼はクラスで嫌われているわけではない。引込み思案で少し変わっていて,クラスで浮いている。そんな、クラスに1人はいるような男子だった。しかしだからこそ、こういった時に直ぐにペアを作れるような友人を持っていなかった。そしてこのクラスには、男女共に奇数人だけの生徒がいる。クラスメートの半分くらいは、ニヤニヤと余った2人を見つめ、もう半分は心配そうに、2人を見つめていた。少年は、女子側で余った少女とペアを組み、体育座りをした。
「はい、じゃーここから縄を取ってってー!」
 少年は少女を置いて真っ先に立ち上がり、縄を取りに行く。その間、少女は体育座りのまま、少年の帰りを待った。そして、少年が戻ってきて、足に縄を巻きつけてから、少女は嫌々立ち上がった。少年と少女は横に並んだ。2人は目を合わせ、赤面し、俯いた。
 少年:140cm、少女:200cm。これが2人の身長である。中学1年生にしては小柄な少年と、前代未聞の長身少女のペアだ。少年の目の前には少女のヒジがあり、顎の辺りにはヘソがある。21cmの小さめの靴の隣には、その2倍ほど大きい27cmの靴が並んでいる。少女の身長と比べて、靴の大きさ27cmは決して大きいわけではないが、少年のと比べると、とてつもなく巨大に見えた。
 他のペアはキャーキャーと楽しげに騒ぎながら、二人三脚の練習をしている。夏休み前最後の授業、どうしてこんな目に合うのかと、2人は自分の不運を嘆いた。そして、しぶしぶと練習を始めた。
「じゃあ、始めましょうか」
「は、はい!」
 少年が「せーの」と音頭を取り、2人は一歩踏み出した。しかし2人の歩幅が合わず、少年は足を引っ張られてよろけてしまった。少女は少年を支えて、少年が転ぶのを防いだ。
「大丈夫?」
「うん、ありがと」
 少年は軽く会釈した後再び一歩踏み出す。しかし、どうも上手くいかない。少年の肩の位置に、少女の股があり、そこから長い脚が伸びている。一方で少年の股から10cmほど下には、少女の膝頭があった。少年の1歩は、少女の1.5歩くらいあるため、少年は大股に、少女は控えめに踏み出すことで歩幅を合わせようとするが、上手くいかない。周りのクラスメートはそんな2人をあざ笑った。少年はそれを無視して練習に励むが、それでも上手くいかない。
「・・・・・・もうやめようよ」
 今まで少年に手を引かれるままに練習していた少女が、口を開いた。少年は足を止めて、少女を見上げる。少女は苦しげな表情で、少年のことを見下ろしていた。少年が必死になるに比例して、周りから嘲笑される。そんな今の状況に耐えかねたのだ。
「もういいよ・・・・・・先生に言って、交代してもらおうよ・・・・・・」
 少女がそう言った途端、少年はふと、1人のクラスメートに目を向けた。身長180cmの、クラスで一番背の高い男子。彼と少女が並んで二人三脚する様子を想像し、少年はそれを無理やり振り払った。
「いや、大丈夫」
「でも・・・・・・」
「練習しましょう!」
 そう言うと少年は、顔ほどの高さにある少女に腰に腕を巻きつけ、体を密着させた。少女は突然のことに戸惑い、しばらく沈黙したが、やがて少年に従った。密着して横に並ぶと、2人の身長差は一層明瞭となる。少年の背は少女の胸よりも低い。少年は腕を肩よりも高く上げて少女の腰に腕をまわし、少女は手をぶら下げて、包み込むように、肩に腕をまわした。ヒジがちょうど、少年の頭を包み込んだ。
「せーの! いっちに、いっちに――」
 2人は再び練習を始める。ようやくペースを掴み、2人は順調に走りだした。決して速いとは言えないが、安定した走りを見せていた。しかし一度ペースを掴んで走りだすと、今度は上手く止まれない。2人はそのまま、校庭の周回コースに乗って、走り続けた。
「いっちに、いっちに」
「ほいさっ、ほいさっ」
 別の掛け声が、少年少女の後ろから迫ってきた。2人はそれに気がついたものの、走るのに必死である。1つのペアがやり始めると、他のペアも面白がって、2人についていく。1人、また1人と次第に数が増え、クラスの全てのペアが2人を先頭にして走り始めた。
「いっちに、いっちに」
「ほいさっ、ほいさっ」
「ワンツ、ワンツ」
「ピッピッ、ピッピ」
 最後には先生が笛を吹きながら、2人の前で走りだし、変わって先導役を担った。そして、朝礼台の前まできた時に、ゆっくりと止まった。2人は止まる際に歩幅が合わず倒れそうになったが、周りはそれを支えた。
 パチパチパチパチ――
 大きな拍手が、自然と湧き上がる。時間は終業5分前、いつも通りの、体育の終了時刻である。授業は終わり、皆笑いながら、教室に戻った。
 それからまもなく夏休みに入り、2人はその間顔を合わせることもなく、二人三脚のことも忘れていた。1ヶ月超の夏休みは終わり、始業式の後、2学期最初の授業は体育だった。校庭でペアを作り並ぶ。並んだクラス中が例の2人を、目を丸くして、心配そうに見ていた。
「あ、あの・・・・・・なんか・・・・・・ごめん」
 少女は背中をこれでもかと丸めて、少年に向かって謝る。少年は目の前に立った少女を真上を向いて見上げて、ポカンとしていた。
 少年は現在成長期であり、夏休み中に身長が5cm伸びた。家族親戚にそれを褒められ、昨日まで、誇りに思っていた。一方で少女も、女子にしては遅めの成長期であった。
 夏休み前には少年の目の前にあったヒジは、今では遥か高く、少年の背よりも高い位置にある。肩の位置にあった股は鼻のあたりにあり、胸よりも低かった少年の背は、いまでは少女のヘソよりも低くなっていた。
 少女は夏休み中に30cm伸び、230cmになった。少年は、145cmであった。2人は足首に縄を結び、少年は頭よりも高い位置にある腰に腕を巻きつけた。
「せーの!」
 声を揃えて、2人は一歩を踏み出した。
-FIN

創作メモ

この作品は,「自販機の小銭」さんのイラストに触発されて創作しました.LINK(Pixiv)