長身姉妹

 ついにここまで来てしまった――様々な感情が複雑に絡み合い、僕は苦悩していた。
 大きなベッドが一台だけ置かれた薄暗い部屋に、一人で椅子に座ってぼうっとしていた。係員に連れて来られてから10分くらい経っただろうか。用意されたお茶を飲みながら、僕は1人で『彼女』が来るのを待っていた。待っている間、僕は何度も、今の状況に至るまでの経緯を思い出してはため息をついた。
 ・・・・・・ついにやってしまった。僕は子供の頃から生真面目な性格であった。それなのに、こんな店に入る日が来るとは夢にも思っていなかった。しかし言い訳をして良いのなら、生真面目というのは他者による一面的な評価であり、僕は普通の人間である。生真面目という仮面の裏にありとあらゆる欲望を渦巻かせてはそれを抑圧しているのだ。そんな抑圧が年を重ねるにつれ雪だるま式に積もっていき、気がつけばこんな店に足を踏み入れるまでになってしまった。
 トットットット――――
 廊下の方から足音が聞こえてくる。ドクンドクンと鼓動が早まるのを感じた。さっきまでの反省はどこかへ吹っ飛び、彼女の情報がふっと脳裏に浮かんできた。身長195cm、日本最高身長と銘打たれた新人風俗嬢。僕は小学生くらいから、背の高い女性というものに異様な執着を抱いていた。背が高いというだけで、その人に惹かれた。しかし生真面目な性格ゆえ、性というものを汚らわしく感じ、そんな人を好きになっても自分から想いを伝えることはできず、これまで女性と付き合ったことはない。しかし性欲は健康的に蓄積されていき、自慰では追いつかず、ついにはネットで見つけた真偽不明の超長身風俗嬢に手を出すに至った。開示されている情報がどこまで正しいのかはわからないが、それでも会いたいと思った。
 ドアがゆっくりと開き、彼女が入ってくる・・・・・・僕の下半身は反射的に熱を発して巨大化を始める。ドアの枠スレスレの美少女が、部屋に入ってきたのだ。まず、情報が正解であるということに感動し、次にこれが195cmなのかと、想像をはるかに超えたその大きさに、僕は再び感動した。足元を見ると、ヒールを履いているわけでもない。僕は立ち上がって、彼女に会釈した。彼女も礼儀正しく、会釈を返してくれた。
「こんばんは。今回はご指名ありがとうございます、エリカです。不束者ですが、よろしくお願いします」
 エリカさんは柔らかく微笑みながら、上品に自己紹介する。僕は158cmと小柄で、彼女の肩よりも低く、そして目の前には彼女の胸がある。そんな長身でありながら、体型はほそやかで、9頭身くらいあるのではないかと思えるほどに小顔で美しく、女性らしい。僕はそんな彼女から、目が離せなかった。
「どうします? シャワー、浴びますか?」
「あ、いえ・・・・・・とりあえず、座ってお話をしたいです。ワタシは女性と恋愛的な付き合いをすること自体が初めてでして、どうも要領がわからないのです。1時間、お話して過ごそうと思っています」
「あ、それでしたら。よろしくお願いします」
 エリカさんはそう言ってまた、にこりと柔らかい笑みを浮かべた。そして僕らは雑談を始めた。落ち着き、慣れた様子でエリカさんは僕を接待してくれる。春に短大を卒業したばかりの、若干20歳の新人風俗嬢。終始落ち着いてはいるものの、時々見せる歳相応の仕草が彼女の青さを物語っていた。僕は彼女に色々なことを話した。話している内に僕は次第に彼女に惹かれていき、こんな恋人がいたら人生が楽しくなるだろうと思い、ついには愛の告白をしてしまった。1人の女性にここまで夢中になったことは初めてであり、彼女が風俗嬢であるということも忘れていた。しかし当然のごとく、彼女にはすでに恋人がいた。
「こんなデカ女でも、好きになってくれる人はいるんですよ」
「あ、そうですよね。エリカさん、とてもキレイですし」
「ありがとうございます」
「はい・・・・・・」
 気まずい空気が漂ってしまう。淀んだ空気を改善しようと、僕は咄嗟に思いついた別の話題を振る。
「エリカさんて、自分よりも背の高い女性ってご存知ですか?」
 その途端、エリカさんは眉をひそめる。失敗したと思った。これではまるで、振られた側から新たな恋人を探そうとする不誠実の輩のようではないか。せめて、「自分が日本一だと思いますか?」くらいの質問であればよかったのだが・・・・・・後悔先に立たずである。
「あら、195cmの私じゃご不満てことですか? 確かに海外には、210cmくらいの女性がいらっしゃいますけれど」
「い、いえ。そ、そ、そういうわけではなくて・・・・・・」
 僕は吃りながら誤解を解こうとするが、エリカさんはこちらを睨んでくる。
「では、あなたは何センチあれば満足するのでしょうか」
 僕は返事に困った。変態だと思われそうだが、僕は女性の身長に上限なんてものを考えたことがないのだ。高ければ高いほど、それこそ300cmくらいあっても良いのだ。恥ずかしく、言いにくいことではあるが、下手に答えて事態を悪化させるよりも本心を吐露してしまうほうが良いだろうと僕は思った。
「・・・・・・特にありません。高ければ高いほど良いと思います」
「私より高くてもですか? あなたは私よりも背の高い女性に会ったことがあるんですか?」
「いえ、ありませんし、聞いたこともありません。もしかしたらあなたが日本一かもしれません。でも、もっと背が高くても僕は大丈夫です。会ったことはありませんが・・・・・・」
 エリカさんはそこではっとして、シワの寄った眉間を平らにして、僕に謝ってきた。
「ご、ごめんなさい。なんだか感情的になってしまって」
「いえ、ワタシが失礼な発言をしたのが原因ですから」
 それから僕達は再び、雑談に戻った。楽しい時間は光のごとく飛び去り、気がつけば制限時間3分前となっていた。
「そろそろおしまいですね。今日はありがとうございました、楽しかったです」
「いえいえこちらこそ・・・・・・あの」
 エリカさんはメモにサラサラと何かを書いて、僕に手渡す。英数字の羅列とアットマーク、それがメールアドレスであることに気が付き、僕は目を丸くしてエリカさんを見上げる。エリカさんは僕に向かって、柔らかく微笑んだ。
「良ければまた、よろしくお願いします」
 僕はその場でメールを送信し、上着を着て玄関に向かう。立ち上がった彼女はやはり大きく、下半身が再び熱を帯びる。僕は今頃になって、ここが風俗店であることを思い出した。会話で終わらせたことを少々後悔しつつ、ドアに手を触れる。
「あの」
 エリカさんに声をかけられ、僕は後ろを振り向く。彼女は物言いたげな表情で、こちらを見ていた。
「・・・・・・あの、あなたは私より背の高い女性って、いると思いますか? 色々な長身フェチの人に会ってきましたが、皆さん、私のことを日本一の長身だって言ってくれたので」
「ああ・・・・・・」
 その時僕はこんな話を思い出した。背の高い女性というものは、長身をコンプレックスと思うと同時に誇りにも思っているらしい。自分よりも背の高い人を前にすると、それはそれで複雑な気持ちになるというのだ。彼女はきっと、自分を日本一の長身女性と思い、それを誇りに思っているのだろう。僕は、そんな彼女の長身を褒めようと思った・・・・・・が、言葉が喉を出る直前に、僕の台詞は瞬時に変遷した。
「分かりませんが、個人的にはいるといいなと思っています」
 ピピピピピピ――――
 時間終了のアラームが鳴リ響く。振り向くことなく、僕はそそくさと部屋から出て行った。ああいう時は素直に、貴女が日本一だと言って讃えれば良いのに。一度はそうしようと思ったのに、僕はそれをしなかった。思ってもいないお世辞を言えない、不器用な性格なのだ。こんな偏屈だから彼女が出来ないのだと自分を嘲笑しながら、僕は店を後にした――――

 どうしてあんなことをしてしまったのかと、僕は激しく後悔していた。195cmの美女と仲良くできる機会なんて、もう二度と巡りあうことはないのだろう。店に行って金を出せば表面上は仲良くしてくれるだろうが、マニュアル的なやりとりに終始するとしか思えない。もしかしたら、不快感をむき出しにしてくるかもしれない。もらったメアドも、すでに変わってしまっているかもしれない。いや、もしかしたらここまで含めてマニュアルなのだろうか。僕はしばらく何も信じることができなくなってしまった。
 辛いことは忘れてしまえというのが僕のモットーだ。残業を重ねて仕事に打ち込み、エリカさんを頭から追い出すよう努力した。しかし、彼女は僕が長年探し求めてきた、理想の長身女性だ。そう簡単に忘れることなどできるはずもなく、僕は休日がくる度に欲求不満に嘆いた。
 ある日の朝、いつも通り携帯の目覚ましで僕は目を覚ます。LEDがチカチカと点滅し、眠い目をこすりながら画面を見る。頭がはっとした、眠気が一気に吹き飛び、届いたメールを開いた。差出人はエリカさん、彼女との関係を半ば諦めていただけに、不意をつかれた気持ちである。文面は至ってシンプルだ。近い内に会えないか、ただそれだけだったが、僕が願っても無い事態であった。僕は手帳を忙しくめくり、直近1ヶ月程度の都合の良い日をピックアップし、エリカさんに返信した。諦めかけていた縁の復活に僕は歓喜し、瞬時に生命力が満たされるのを感じた。
 順調に会う約束を取り、待ち合わせの当日、僕は20分前に待ち合わせ場所である地下鉄の駅に到着した。1ヶ月ぶりにエリカさんの長身が見られるのが楽しみで仕方がなく、妄想をふくらませては下半身を圧迫させ、僕はさりげなくそれを隠した。しかも日時は金曜日の夜である、そういう展開もあるのではないかと期待して、また下半身を硬くさせた。しかし、彼女には彼氏がいるはずである。それならば僕をなぜこんな時刻に僕を誘ったのかとの疑問も湧いてきた。盛大な嫌がらせだったらどうしようと疑心暗鬼になったが、それはそれで仕方がないと、深く考えないことにした。
 カッカッカッ――。ヒールの音が辺りに響き、僕は反射的にそちらの方を向く。時計の針は待ち合わせ時刻ギリギリを指しており、僕の目線の先には、195cmの長身をヒールで更に高くしたエリカさんが颯爽とこちらに向かって歩いてきていた。僕は彼女に見とれてから、少し遅れて会釈する。
「お待たせしました」
「お久しぶりです。お店にでも入りますか?」
「はい、そこでゆっくりお話したいです」
 地下鉄内を歩き、適当な喫茶店を探す。すれ違う人々は誰もがエリカさんの美貌と長身に目が釘付けとなり、中には見とれて前を見ずに歩き、柱とぶつかってしまうような人もいた。そんな人を見て、僕も彼の立場であれば同じことをしていたかもしれないと同情した。地下鉄の天井は低めであり、さらにそこから色々な看板がぶら下がっている。エリカさんはしばしば、頭を下げてそれを回避した。その様子を見る度に僕は血圧が高まるのを感じた。
 喫茶店に入り、適当に注文する。エリカさんは長い長い脚を折り曲げて斜めにして収納する。脚長美人とはいっても、200cmと158cmでは上半身の長さも段違いであり、僕は座っていてもエリカさんを見上げた。
「今日はありがとうございます。こんな夜に誘ってしまって」
「いえいえ、こちらこそ。こんな美人さんに誘われるなんて幸運です」
「まあ、ありがとうございます。それで、ちょっと相談したいことがあるんですけど・・・・・・」
「遠慮無く言ってください。ワタシにできることなら、お手伝いします」
 僕は愛想笑いをしながら、そう答える。逃した魚はでかかった、かつての失態を取り戻すべく、僕はエリカさんの期待に応えるよう務める。エリカさんは僕の顔を見て、小さく笑った。
「ありがとうございます・・・・・・あの、佐藤さんは、私より背の高い女性でもいいんですよね」
「あー・・・・・・」
 その瞬間、あの日の記憶が蘇り、汗を流し、笑顔は凍りつき、無意識に背筋が伸びた。僕はしばらく目を泳がせて妥当な回答を探したものの、不器用な僕にそんなことができるはずもなく、前回同様に、思っていることをそのまま話した。
「・・・・・・はい。むしろ、高ければ高いほど惹かれます。昔からそうなんです、世界一背の高い女性は230cmくらいあるらしいですけど、ワタシはそんな人に会ってみたいですし、もっと高くても良いと思います」
「そんなに高くても、良いんですか?」
「はい。先程も言った通り、高ければ高いほど惹かれるんです」
「そうですか・・・・・・」
 僕は汗を拭い、下を向いて食事をする。どうして自分の性癖を事細かに暴露しているのかと、急にバカバカしくなってきた。エリカさんはきっと自分の長身を誇りに思っており、自分を日本一の長身女性だと信じているのだろう。そんな人の前で、史上最高の230cm以上が良いなどと言うのは、前回と同様の失言である。またやってしまった。こんな自分が心底嫌になった。しかし同時に、どうしてこんな質問をするのか不思議に思った。
 沈黙が漂い、その間僕とエリカさんはゆっくりと食事を取る。せっかく出会えたのにこのまま終わってしまうのかと、不安になった。しかし、彼女には彼氏がいるはずである。仮にあの後別れていたとしても、長身フェチは一定数いるものだ。エリカさんほどの美貌であれば次の彼氏など容易に作れてしまうだろう。僕が誘われた理由は何なのか、それが気になった。
「・・・・・・秘密にしてくださいね。私の妹が、そういう子なんです」
「そういう子?」
「だから、私よりも背の高い女の子です」
 ――――時間が止まるのを感じた。食事を運んでいた手は自然に停止し、鼓動が激しくなり、下半身は硬くなり、手足が震え、温かい汗が流れた。
 エリカさんよりも背の高い女性の存在は可能性としては否定しないものの、実際にはいないものと思っていた。ネットでは度々200cmを超えるほどの女性の目撃情報が上がるが、195cmのエリカさんであっても状況によってはそれくらいの高さに映るであろう。そんな女性に出会えたことに、僕は幸せを噛み締めていた。
「あの・・・・・・聞いてますか?」
「あっ、はい、失礼。いや、そんな人がいるとは夢にも思わなかったもので」
「引きました?」
「いえ、全く! 僕にとっては夢のような存在ですよ。妹さんといいましたが、歳はいくつなんですか?」
「15です。本来なら高校1年生ですけど、引きこもってしまって」
「あ、ごめんなさい。言いにくいことを」
「いえ。高1の健康診断で係の先生に身長が読み上げられてしまってから、もう行きたくないって。読み上げた先生に悪意は無いんでしょうけど、無神経ですよね。それからはもう・・・・・・」
 エリカさんはそこまで話した後、ドリンクを口に含む。僕も同じようにした。店には僕達以外にはおらず、従業員も奥に引っ込んでしまっているようだった。
「・・・・・・僕に何か、できることはありますか?」
 純粋な善意といくらかの下心でもって、僕はそう尋ねた。高校生の女の子が引きこもっているというのは耳が痛い話であり、同時にエリカさんよりも背の高いという彼女を一目見たいと思った。
「あるかもしれません。佐藤さんが背の高い女性に惹かれるように、あの子は小男が好きみたいです。直接聞いたわけではありませんが、初出勤の後、佐藤さんの話をしたら結構食いついてきて、それで。佐藤さんて、身長と年齢はおいくつでしたっけ」
「158cmの22歳です」
「随分小柄ですね。それで、妹に会ってみませんか?」
「随分歳が離れていますけど、いいんですか?」
「佐藤さん、生真面目そうなので、信頼してます・・・・・・変なことはしないでくださいね」
「当然です、僕も一応社会人ですから。ところで、妹さんの身長は?」
「やっぱり気になりますよね。でも、まだ内緒です。まあ、測ってないので私も正確には知らないんですけど」
「ヒールを履いたエリカさんよりも高いですか?」
「今日は7cmのヒールを履いてきたんですけど、高いです」
 エリカさんはそう言って、ニコリと微笑んだ。つまり、妹さんの身長は少なくとも202cm以上はあるということになる。最近、推定身長がそれくらいの女性が目撃されてフェチ向け掲示板で話題となっていたことを思い出し、また動悸がし、顔が熱くなる。長身フェチであれば誰もが見たいと願うであろう例の超長身女性の正体がエリカさんの妹なのではないかと疑った。
「・・・・・・会ってみたいです」
「そうですよね」
 エリカさんは目を細めて、ふふっと笑う。少し恥ずかしかったが、この機会を逃せば僕は死ぬまで後悔するだろう。エリカさんの目を見て、はっきりと答えた。
「会いたいです。いつなら会えますか?」
「今からはどうでしょう。妹にはもう話してあります」
「大丈夫です」
「じゃあ、行きましょう」
 エリカさんと共にに立ち上がり、僕らは会計を済ませる。200cmのエリカさんはとても大きくて、僕の頭は彼女の肩にも届かないほどであり、彼女の股は、僕のヘソよりも高い位置にある。それだけでも素晴らしいのに、そんなエリカさんよりもさらに背の高い若干15歳の妹さんは、どれほどなのだろうか。心臓がバクバクと音を鳴らし、頭が熱を帯びて視界はゆらぎ、股間は熱を帯び、痛みすら覚える。
「どこで待ち合わせをしているんですか?」
「私の家です。ここから歩いて30分くらいです。あ、私の本名は田中恵美(めぐみ)っていいます。妹は育美(いくみ)です。育美の前では、源氏名は使わないでくださいね」
「わかりました。めぐみさんと、いくみさんですね」
「はい。まあ、育美はこんな名前だから、こんなに大きくなっちゃったんだって、よく言ってますけど」
「そんなに大きいんですか?」
「内緒です」
「そうですよね」

 僕達は暗い夜道を歩き、恵美さんの家を目指す。僕と恵美さんの歩幅は全く違うが、恵美さんは僕に合わせてゆっくりと歩いてくれる。その間、恵美さんは妹さんの身長について色々と話してくれた。
「私も昔から背が高かったんですけど、育美はもっと背が高かったんです。小1の時に、6年生の小柄な人よりも大きかったんです」
「というと、130cmとか、それくらいですか?」
「具体的な数字は内緒です。そのうち、成長記録とか見せますから」
「ありがとうございます。楽しみはその時に」
「はい・・・・・・本当に、背の高い女性が好きなんですね」
「あ、すみません。調子に乗ってしまって」
「いえいえ、それくらいの人の方が、育美が喜んでくれると思います」
 200cmの女性と過ごす30分はあっという間に過ぎ、2人が住むというアパートに到着した。外見はキレイな、どこにでもあるアパートであり、何も特別なものは感じない。長身の恵美さん達にとっては、暮らしにくそうだなと、僕は思った。
「育美を呼んでくるので、ちょっとここで待っていてください・・・・・もしかしたら気が変わって会ってくれないかもしれないんですけど、その時はごめんなさい」
「いえ、育美さんの気持ちを優先してください」
 恵美さんは軽く頭を下げて、家の中に入っていく。僕は育美さんが会ってくれることを心の中で必死に祈った。さっきは格好いいことを言ったが、育美さんはいったいどれくらい背が高いのか、それだけはどうしても知りたい。そんな煩悩が僕の頭を支配していた。
 5分くらいして、ドアが開き。恵美さんがこちらを覗いてくる。
「育美の了解が取れました。上がってください」
「お、おじゃまします」
 僕が玄関に足を踏み入れると、恵美さんは屈んで、僕の耳元で囁いた。
「あんまり変なことは言わないでくださいね。コンプレックスなんですから」
「承知の上です」
 恵美さんはニコッと微笑み、僕も微笑み返す。目の前には短い廊下があり、左の方に部屋が2つ、まっすぐ行った先にはドアがあり、その先にはリビングが広がっているようだ。恵美さんはまっすぐ行き、僕はその後ろをついていく。家に入ってからの鼓動の高まりは過去最大級である。ドアの先にどんな長身女性がいるのか、様々な容姿が脳裏に浮かんでは消えていく。
 恵美さんがドアを開けて、中に入る。僕もそれに続いた。
「育美、この人が佐藤さん。前に来てくれた、真面目で誠実なお客さん」
 照れくさい紹介をされ、僕は深々と礼をしてから、ソファーに座る育美さんを見た。顔は歳相応に幼く、可愛らしい。しかしその下から伸びていく長い首と、長い胴体と細い腕、そしてその下にさらに長く伸びる足はまるで体育座りをするようにきつく折れ曲がり、斜めになって僕の目の前に存在していた。顔は非常に小さく、目測で10頭身くらいあるようであり、また体はほっそりと長い。
 彼女は顔を真っ赤にして、涙を潤わせて僕を見ている。僕は口をぽかんと開けて、彼女に見とれていた。
「・・・・・・は、はじめまして。いくみです」
 雑音かと思ってしまうくらいの小さい声で、彼女は自己紹介した。
「あ、はじめまして、佐藤です」
 僕らは互いに会釈をしあう。しばらく沈黙が流れた後、僕は震える脚をどうにか動かして、育美さんの方に近づいた。
「あ、あの・・・・・お隣、良いですか?」
「は、はい・・・・・・よろしくお願いします」
 僕は育美さんの隣にゆっくりと座る。座った状態でも育美さんの方が頭1つ以上高く、僕はそれを横目で確認し、興奮した。ふと恵美さんの方を見ると、こちらをニヤニヤしながら見ている。
「私、お菓子とか買ってきますね」
 そう言ってそそくさと家から出ていき、リビングには僕ら2人だけが残された。気まずい沈黙が流れる。育美さんに聞きたいことはたくさんあったが、どういったタイミング聞けば良いのかが分からなかった。何をどう話すべきかと、興奮しきった脳みそで必死に考える。
「・・・・・・あの、喉乾きませんか?」
 育美さんに話しかけられ、僕は驚く。目を合わせることなく、僕は返事をした。
「あ、はい。乾きます」
「お茶、注ぎますね」
 育美さんはゆっくりと立ち上がり、台所に向かった。彼女の頭は、背伸びすれば天井に付くのではないかと思えるほどに高い。横顔を見ればどこか楽しそうで、その笑顔はとてつもなく可愛かった。
 台所に入り、自分の背よりもずっと低い、肩くらいの高さしかない冷蔵庫の扉を開けて、屈んで中を覗き込み、緑茶の入ったボトルを取り出す。同時にこれまた小さな戸棚からコップを3つ取り出してテーブルまで運び、そのうちの2つにお茶を注ぐ。そしてさっきと同じように僕の隣に座って、僕にコップを手渡してくれた。
「あ、アリガト、ございます」
 僕は緊張のあまり声が裏返り、彼女はそれに対してニコリと柔らかく微笑んでくれる。彼女の手は僕よりも一回り大きい程度で、身長の割には小さいように思えたが、彼女の小顔を思えば相応の大きさにも思えた。僕はお茶を一口含む。胃袋に染み渡り、さっきまでの凝り固まっていた気持ちが徐々にほぐれていくのを感じた。
「・・・・・・身長、高いですね」
「・・・・・・はい」
「とても、可愛らしいと思います」
「か、可愛い、ですか?」
「はい」
 僕はそう言いながら、手を伸ばして、育美さんの頭を撫でる。普段の僕であればこんなことは絶対にしないが、興奮のあまり理性がオーバーヒートした今の状態では、思い立ったことは何でもできてしまうようだ。手を伸ばすと、育美さんは体をこちらに傾けてくれた。彼女は赤面し、顔を手で覆った。両手からはみ出た赤色が、とても愛おしく思えた。
「あ、あの・・・・・・頭を撫でられるのって、すごく久しぶりです」
「い、嫌でしたか?」
「いえ、全然・・・・・・ありがとうございます」
 僕はしばらく育美さんを撫で、そのうち自然にやめる。それからは最初の頃のギクシャクとした空気は融解し、和やかな空気が漂った。
「差し支えなければお尋ねしたいのですが、育美さんて、身長いくつですか?」
「えーと、210cmです」
「高いですね」
「・・・・・・はい」
「お姉さんから聞いていると思いますけど、ワタシ、高ければ高いほど惹かれるんです」
「はい、聞いてますけど・・・・・・こんなに大きくてもいいんですか?」
「はい。ワタシにとってあなたは、理想の女性です」
「そう言ってもらえて、嬉しいです。バケモノ扱いされる毎日だったので」
「こんなに可愛いのに」
「か、可愛いって・・・・・・格好いいとかならまだ、わかりますけど」
「いえ、育美さんはとても可愛らしいと思います」
 僕は育美さんの方に寄り、また、彼女の後頭部撫でる。育美さんは軽く僕に寄りかかるようにして、頭をこちらに寄せた。
「可愛いです、育美さん」
「ありがとうございます。こんなにデカい自分に、そんなこと言ってくれる人がいるなんて・・・・・・ちょっと、失礼します」
 そう言って育美さんは右手を左側に持ってきて、その大きな手で僕の頭を撫で始める。僕は一瞬鼓動が速まるのを感じたが、すぐにそれは落ち着き、最初よりもゆっくりになった。
「佐藤さんもかわいいです」
「・・・・・・ありがとうございます」

 僕らはしばらくお互いに頭をなであいながら過ごした。玄関の開く音がすると同時に僕らは撫でるのをやめる。リビングに入ってきた恵美さんは僕らの様子を見るなり、笑顔を浮かべた。
「仲良くしているみたいですね」
 恵美さんは買ってきたお菓子を机に広げ、机の上のコップに緑茶を注ぎ、一気に飲み干す。
「ぷはー。ねえ育美、佐藤さんには身長いくつって言ったの?」
「えっ! ・・・・・・210」
「ふふーん・・・・・・ねえ育美、立ってみて」
 恵美さんに言われて、育美さんはしぶしぶと立ち上がる。彼女の表情は複雑だったが、どこか嬉しそうでもあった。背筋を伸ばして恵美さんの隣に並ぶと、恵美さんは育美さんに抱きついた。
「佐藤さん、私の身長は196cmだけど、この身長差、どう思います?」
「ちょっ、お姉ちゃん!」
 僕は2人が並んだ様子を見て、目を見開かざるを得なかった。かつてあんなに大きく感じた恵美さんが、育美さんの肩までしかない。さりげなく恵美さんの身長が196cmになっていることにも少し驚いたが、育美さんの背の高さは、それ以上の驚きである。身長差14cmどころではない、30cmくらいなくては、こうはならない。
「・・・・・・育美さん、高いですね」
「ううー、恥ずかしいです」
「210cmっていうのは4月の身長で、今はもっと高いでしょ?」
「う、うん。測ってないですけど、グングン伸びていくんです。多分、230cmくらいで・・・・・・信じたくないですけど、成長期みたいで・・・・・・200cm超えてから成長期がくるなんて・・・・・・」
 そう言って育美さんは両手で顔を覆う。僕はしばらくの間、ソファーに座ったまま、赤くなった彼女を見上げていた。先程は緊張のせいでよく見られなかったが、今はゆっくりと見ることができる。そしてさっきも驚いた彼女の大きさに、再び驚く。さらに、まだまだ成長中であるという育美さんの言葉を反芻し、部屋に入った時からきつくなっていた下腹部をさらに圧迫させた。
「・・・・・・素敵です」
 喉からするりと出てきた言葉がそれだった。自分の理想を具現化したような、いや、経験によって無意識の内に諦めていたユートピアを解放したような、そんな『理想』の女性に出会った僕の心から直接発された言葉だった。育美さんは相変わらず顔を真っ赤にしながら、僕の方を見ていた。
「え?」
「素敵です。理想の女性です」
「・・・・・・こんなに大きくてもいいんですか?」
「はい、むしろそれを理想と言っているんです」
「まだまだ大きくなっているんですよ?」
「最高です、こんな人がいるなんて」
 僕らはそれからじっと、お互いに見つめ合う。育美さんの顔も赤いが、僕の顔もきっと熱でもあるように、真っ赤になっているのだろう。
「佐藤さん、立って隣に並んでみませんか?」
 恵美さんがニヤニヤと笑みを浮かべながら、僕にそう提案してくる。急に、心臓がドクンと跳ね上がるのを感じた。あまりに理想的な女性を目の前にして、僕は今の今まで、まるで夢の中にいるような幻想に浸っていた。しかしこれは現実である。恵美さんとは知り合いだし、育美さんとはさっき一緒にお茶を飲んだ。目の前で行われている背くらべも、現実なのだ。僕がそこに混じったら・・・・・・考えただけで手が震えた。
「さ、佐藤さん。大丈夫ですか?」
「大丈夫。きっと興奮しすぎただけよ」
 恵美さんは鋭いなと、心の中で思った。しかし思うことは簡単でも、唇が震えて上手く声が出せないし、動くことも自由でない。僕は黙ったまま、震える膝を抑えてゆっくりと立ち上がった。立ち上がると当然目線が上がっていくわけだが、上がりきった後に目の前に広がる景色はまさに子どもの視点そのものであった。そして僕はゆっくりと、ふらふらしながら2人の方に歩み寄った。
 まず、小さい方の恵美さんと並ぶと、僕は彼女の肩にも届かないくらいである。目の前には胸の膨らみがあり、そのまま抱きつけばそこに顔が埋まるのだろう。しかしそんな恵美さんも、育美さんの隣では肩ほどの高さしかない。僕の目の前には育美さんのヒジがあり、僕の肩には彼女の腰がある。彼女に抱きつくということは、彼女の腰にまとわりつくということになるらしい。幼児に戻って大きな保育士さんを見上げているかのような、そんな光景が目の前には広がっている。
 僕はぼーっと、育美さんを見上げた。育美さんも僕を見下ろしていた。お互い、顔を赤くさせていた。
「・・・・・・佐藤さん、小さい」
「恵美さんも、大きい」
「私、小柄な人が好きなんです・・・・・・大人の人なのに、ごめんなさい」
「いえ、気にしていません。僕は背の高い女性が好きです・・・・・・高校生にこんなことを、ごめんなさい」
「いえ・・・・・・」
 それから気がつけば、僕らは軽く抱き合っていた。自分は育美さんのお腹から腰にかけてを抱きしめ、育美さんは両手で僕を、あたかも幼稚園児のように包み込む。育美さんはとても華奢な人らしく、巨大に見えた彼女の体は、抱きついてみればその太さは僕と対して変わらない。
「佐藤さん、私の胸までしかないですね」
「すごいです、育美さん」
「・・・・・・本当に、こんなに大きくてもいいんですか?」
「はい、最高の女性です」
「そんなことを言ってもらえる日がくるなんて」
 僕は、顔を手で覆いながら涙目で僕を見下ろす育美さんの頭を撫でようと腕を伸ばした。しかしそのままでは育美さんのアゴに辛うじて届く程度である。背伸びしたら頬を撫でられたが、頭には届かなかった。頬を撫でられて僕を見下ろし、その意図に気がついた育美さんは膝を曲げてくれた。そして僕は、彼女の頭を撫でる。出来心でなんとなく始めたのだが、恥ずかしくなって僕はすぐにやめた。
「すみません、なんとなく出来心で」
「いえ。撫でられることなんてめったにないので、新鮮でした」
 僕らはお互い顔を赤くして、俯きながらしばらく突っ立った。隣で恵美さんが声を殺して爆笑しているのを知って、僕はさらに恥ずかしくなった――

「こういうのが、好きなんですよね」
 そう言って恵美さんが持ってきたものを見て、僕の心臓が飛び跳ねる。
「あ、私の卒業アルバム。お姉ちゃん、まだ持ってたんだ」
「育美はいらないって言ったけど、私にはこういうの、捨てられなくてね」
「私、写真ってすごく苦手なんです・・・・・・昔から大きくて、それの証明みたいな感じで。佐藤さんは、そういうの好きなんですか?」
 僕は黙ったまま、小さく頷いた。他人のコンプレックスを喜ぶようで気が引けたが、不器用なのでうまい嘘も見当たらない。育美さんは不思議そうに首を傾げる。
「うーん・・・・・・マニアの人は、よく分かりません」
 育美さんの感想に、僕はただ苦笑いでごまかすしか出来なかった。
 卒業アルバムを開くと最初のページに、A42つ折りの紙が挟まっており表紙には『成長の記録』と書かれている。育美さんはそれを手に取った。
「あ、懐かしいなあ。中学校の保健室の先生が皆に作ってくれたんです」
 育美さんは紙を開き、中を見る。僕もそれを横から覗く。小中学校9年分の成長記録が紙一枚にまとまっており、それに気が付いて僕の下半身はピクリと反応する。しかしよく見てみれば、小1で136cm、中1で184cmと、確かに大きいが思ったほどではないというのが正直な感想である。しかしさらによく見れば、中学校入学後も成長は留まることを知らず、ぐんぐんとそれまでと同じように伸びていき、中3で200cmになっていた。
 それから、小学校の卒業アルバムと、家庭用のアルバムが開かれた。どの写真でも、どれが育美さんなのかが一目でわかった。
「周りよりも常に頭1つ以上は大きかったです。小1で136cmですけど、これは4年生の平均身長らしいんです。しかも6年生の小柄な人よりも大きくて、ちょっと恥ずかしかったです。」
 入学式の写真、椅子に座っていても1人飛び出ているのが分かる。運動会の写真では、その様子がさらにわかりやすかった。入場行進の写真で、男女混合の背の順で並んでおり、育美さんは当然1番後ろで歩いている。しかし育美さんの前にいる2番目に背の高い男の子でさえ育美さんの鼻くらいの高さしかない。
 1年生の後ろには2年生が背の順で並んで続いているわけだが、最前列の子は育美さんよりも頭一つ以上小さい。まるで中高学年の子が誤ってそこに混じってしまったかのような、異様な雰囲気がそこには漂っている。アルバムをめくっていくと、中学年と見間違うくらい小柄な6年生の男の子が、笛を吹いて1年生を誘導する写真が出てきた。育美さんは最前列であり、彼の方が5cmくらい小さかった。
「これですね。この人には申し訳ないです・・・・・・しかも、1年で8cmずつ伸びていったんです。なので、他の子との身長差も年々大きくなっていきました」
 1年生で136cm、2年生で144cm、3年生で152cm、そして4年生で160cm。成人女性の平均よりも大きい小学4年生である。写真に写った育美さんは自動の誰よりも大きくて、一目見た感じでは、先生か保護者なのではないかと思えてしまうほどである。しかし顔つきは歳相応に幼く、また体つきも手足がスラリと細長く、少女体型そのものであった。
「多分、学校で1番大きかったと思います。うちの小学校に、特別大きい6年生はいなかったと思うので。6年生の教室の前を通るときに、ヒソヒソと陰口言われたのを今でも覚えています」
 2番目に背の高い子でも、育美さんの顎くらいの背しかなく、とても同学年とは思えない。6年生と比べても育美さんの方が頭半分ほど大きいが、ひょろ長く伸びた育美さんは第二次成長期を目前にした6年生よりもか細い。
 しかしそんな育美さんでも、恵美さんの隣に並ぶと普通の女の子に見えるのだ。
「お姉ちゃんは当時高校1年生で、175cmくらいだったと思います。長身姉妹として有名でした。お姉ちゃんのおかげで、小学生くらいまでは私は自分の長身を誇りに思っていました」
 それからも育美さんは順調に成長していき、5年生で168cm、6年生で176cm。同級生との身長差は始めの頃よりも開き、次に背の高い子と並んでも頭1つ大きい。集合写真などでは1段下に降りて撮影しているため最初は育美さんに気が付かなかったが、よく見れば1人だけ胴体手足が異様に長いのに気がつき、驚愕する。
 そして中学生になり、中1の育美さんは184cmになった。
「お姉ちゃんと数センチ差になって、喜んでいました。男子とかにからかわれる時もありましたが、当時は普通に受け流していました・・・・・・できれば、この頃に戻りたいです。バスケ部に誘われましたけど、運動は嫌いだったので、断りました」
 育美さんと恵美さんが並ぶと、普通の姉妹と変わらない身長差である。しかし後ろのドアを見れば、いかに2人が大きのかがわかる。新品のセーラー服を着た育美さんはVサインを作り、歯を見せてニコニコと笑っていた。
 しかしこの辺りから、アルバムのページをめくるにつれて育美さんの表情が暗くなっていった。2年生で192cmと大台を迎え、3年生で200cmに達した。周りの子達の成長期が終わるにも関わらず育美さんの背はどんどん伸びていき、同級生の女子と並べば胸や肩から上が飛び出るようになった。音楽祭では最上段で、2番目に背の高い男子の隣で歌っているが、年々身長差は広がり、3年生の育美さんは彼よりも頭1つ高く、しかし肩幅は半分しかない。
「女の子の成長期は小学生で終わるって保健で習いましたが、私の成長は一向に止まりませんでした。小学生の頃と同じように、毎年8cmずつ伸びるんです。お姉ちゃんの成長期は終わって、お姉ちゃんがドンドン小さくなっていって・・・・・・どこまで大きくなるのか怖かったです」
 卒業式の写真、体育館で番号順に矩形に並んだ生徒が上から撮影されている。210cmになった育美さんはそんな状況でも、コラージュではないかと見間違えてしまいそうなくらい、異様な存在感を醸し出しており、一目で彼女を見つけることができる。
 そこでアルバムが終わり、育美さんはそれをパタンと閉じる。
「・・・・・・でも、現実はもっと残酷でした。私の本当の成長期は200cm越えてからやってきたんですから。高校入学時に210cmあって、今は230cmくらいだと思います。20cmも伸びちゃったんです。お姉ちゃんはハタチになってもまだジワジワと伸びているみたいですし、私もいつまで伸び続けるのか、怖いんです・・・・・・」
 育美さんはそう言って、俯く。僕は先程と同じように、手を伸ばして育美さんを優しく撫でる。いつまで伸び続けるのか怖い、という育美さんの言葉が頭の中でこだましていた。そんな育美さんを不憫に思うと同時に、益々理想的になっていく彼女に密かに興奮してしまう自分がいたのも事実である。

 終電が迫り、僕は帰路につく。2人が玄関まで見送ってくれた。
「お話できて、とても嬉しいです」
「こちらこそ。またお話しましょうね」
「はい、お二人さえ良ければ、いつだって。それでは、さようなら」
 2人に向かって手を振りながら、僕は彼女たちの家を後にする。暗い道を1人で歩きながら、僕はさっきまでの夢のような光景を思い返し、夢なのではないかと錯覚し頬をつねり、他ならぬ現実であったことを再確認した。そして、育美さんの目の前に立った時の頭上にヒジがある光景、育美さんと抱き合った時の、幼稚園児に戻ったような不思議な感覚を思い出して再び下半身を圧迫させた。
 また会えることを期待しながら、僕は駅を目指す。育美さんの身長はどこまで伸びるのだろうか。あの調子であれば、来年には天井よりも高くなってしまうだろう。そんな育美さんを想像して、僕はまた無意識に、下半身を巨大化させるのだった。
-FIN

創作メモ

私が敬愛し,勝手ながら師匠と仰いでいるtokyo giantess大先生をリスペクトしました・・・・・・前作に引き続き,少々アブナイお話となってしまいました.