髪の切り方

 青い空と田んぼの緑に囲まれたとある田舎町のこと。ある日1人の少女が、鏡の前で前髪を一生懸命いじっていました。
「うーん、前髪長いな―」
 少女は鏡の前に立って、そうつぶやきました。身だしなみを人一倍気にする年頃、微妙に不恰好な自分の前髪のセットアップに苦心しています。
「うーん・・・・・・やっぱり切ろう!」
 少女はハサミを片手に持ち、もう片方の手の人差し指と中指で、長い分の髪を挟みました。チョキンと、余分な髪を切り落とそうとしたその時のことです。少女は昔読んだ『メリサンド姫』という絵本をふっと思い出しました。
 あらすじはこうです。お姫様は悪い魔女にハゲになる魔法をかけられてしまいます。その魔法を打ち消す方法が見つかったのですが、今度は髪を切るたびにどんどん伸びる速さが加速する魔法にかかってしまいました。そこに王子様が現れ、トンチをかまして「髪から姫を切り落とす」ことでその魔法を打ち消そうとしました。しかし今度は姫のほうが伸びてしまい、やがて国を覆うほどに大きくなってしまいました。
「面白かったなー」
 そうして少女は、つまんだ髪を持ち上げてから、チョキンと5ミリほど切りました。王子様の真似をして、「髪から自分を切り落とし」たのです。
「よし、いい感じ!」
 少女はハサミをポケットにしまい、カバンを手に取り学校に向かいました。学校につく頃には、朝のそんな些細な出来事など、とうに忘れていました。

 ある日、少女がいつものように学校に向かっていると、友達の女の子に突然声をかけられました。
「ねえ、身長伸びたよね?」
「え?」
 少女は頭の上に手を乗せて、目の前の女の子を、少し離れたところにいる男の子を、また別の女の子を見ました。なんとなく、皆が小さくなったように少女は感じました。
「保健室で測ってみようよ!」
 女の子が提案します。
「う、うん」
 2人は一緒に保健室に向かい、救護の先生に挨拶してから身長を測りました。163cm、それが少女の身長でした。春の測定では158cmだった少女は、5cmも背を伸ばしていたのです。
 その後も少女はにょきにょきと身長を伸ばしていき、やがて170cmになりました。スラリと伸びた長身は女の子なら誰もが一度は憧れるモデルさんのようです。
「すごーい!」「かっこいい!」
 少女はすぐさま女の子たちの人気者となりました。少女自身は、急に伸び始めた背丈に少々の不安を抱きながらも、同時に誇りを持ち始めていました。
 少女の成長はその後も続き、とうとう180cmの男の子の身長を抜かしてクラスで一番ののっぽとなりました。引っ込み思案な少女は、いじわるに目立ってしまう長身を気にするようになりました。
 そんな少女を、女の子たちはもちろん、男の子たちも素敵だよと、本心如何に関わらず慰めはじめました。少女はそんな優しい仲間に囲まれて、すぐに元気を取り戻しました。

 ここで終わっていれば良かったのでしょう。しかし、ここからが問題なのです。少女の成長は加速の一途を辿り、180cmになったかと思えばあっという間に190cmに。そしてやがて200cmにまで伸びてしまいました。2番目に背の高い子でも、少女より頭ひとつ小さいのです。1番低い子と比べてしまえば、少女の胸くらいの高さしかありません。椅子に座れば膝が机につっかえてしまいますし、ぼうっとしていてドアに頭をぶつけるのは日常茶飯事となっていました。
 また少女自身、一度克服したコンプレクスを再燃させてしまいました。
「お嫁に行けないよー」
「大丈夫だよ! スラっとしててかっこいいよ」
「女の子は、小さいほうが可愛いもん」
「大きくても可愛いよ!」
 女の子たちは少女を慰めながら、男の子たちに目配せをしました。男の子たちは照れながらも、優しい言葉で少女を慰めました。少女はそんな皆の優しさに触れて、再び笑顔を取り戻しました。

 その後も少女はつくしんぼのように、夏のひまわりのように、また竹の子のように、ニョキニョキと、ニョキニョキと伸びていきました。家の天井よりも、学校の天井よりも大きくなっていきました。
 少女が弱気になるたびに、クラスの皆は少女をあの手この手で慰めました。どんなに高い位置に頭があっても、はしごを使ったり、学校の窓から体を乗り出したりして少女の頭を撫でました。少女はそんな皆の優しさに感謝し、何か恩返しはできないかと、友達を肩車して少女の見る景色を見せて楽しませてあげました。
 300cmになった少女はあっという間に500cmになりました。道を歩いていて電線に引っかかりそうになるのはいつものことです。また、普通にしていてもスカートの中が見えてしまうため、少女は常に足元を気にするようになりました。

 ある日、600cmほどになった少女は足元の友達とおしゃべりをしながら、どうして自分がこんなに大きくなってしまったのかついて考えていました。成長が始まった頃のことを思い出し、そして『メリサンド姫』のことも思い出しました。
「ねえ、ここらへんに湖ってあったっけ?」
「あっちの方にあるよ」
「本当? 連れて行ってくれない」
 湖まで来て、少女はポケットからハサミを取り出します。
「何するの?」
「前にこんなことして、それから体が大きくなったなって、思い出したの」
 少女は前髪を人差し指と中指で挟み、持ち上げました。
「メリサンド姫っていう絵本があって、確かこんなことすると、体が小さくなるの」
「ふーん」
 チョキン。少女はそのまま前髪を切りました。しかし、これといった変化は、すぐには見られません。
「変わらないね」
「うん、変わんない」
「そっかー・・・・・・」
 少女たちは湖をあとにして、おしゃべりに花を咲かせながら家に帰りました。

 読者の皆様ならすでにお気づきのことでしょう、少女は重大な間違いを犯してしまったのです。メリサンド姫は、「姫から髪を切り落とす」ことで小さくなれたのです。少女は今、前と同じように「髪から少女を切り落とし」てしまったのでした。
 その日の夜、葉っぱの毛布に包まれ、月明かりに照らされながらスヤスヤと眠っていた少女の体がみるみるうちに大きくなっていきました。動物たちは驚いて逃げ出し、その騒ぎで少女は目を覚ましました。
「きゃあ! な、なんなの?」
 驚く間にも、少女の体は大きくなっていきます。朝は少女の背丈ほどだった木々は、今では少女の半分くらいの高さしかありません。
 少女はあたふたしながら、今日の出来事を思い起こします。そして、湖のことを思い出しました。少女はすぐさまポケットからハサミを取り出しました。
「と、止まりますように!」
 少女は前髪を、チョキンと切り落としました――

「――っていうことが、昨日あったの」
「へー、それでそんなに大きいんだ」
 女の子座りして、さらに背中を丸めて、少女は友達とおしゃべりをしています。友達は、4階の教室よりもさらに高い、学校の屋上で空を見上げて話しています。少女の身長は100m、学校は女の子ずわりした時の膝の高さくらいしかありません。
「ねー、それよりもさー」
「うん・・・・・・プ、プププ」
 女の子2人が大きな声で笑い始めます。少女は顔を赤くして、前髪を手で隠しました。
「なにその前髪!」
「デコちゃんだー!」
「し、しかたないじゃん、急いでたんだから!」
 アハハハハという女の子の笑い声が学校中に響き渡りました。少女の真っ赤な顔が、学校の真上の空に広がっていました。
-FIN

創作メモ