ぐんぐんぐん

男「母さーん、着替えたよー」
母「はーい」

新品の学ランに身を包みながら、男は言った。母は黒い学ランについたホコリを粘着テープでさっさと取っていく。152cmと平均体型の男に対して母は165cmと高めであり、長身な母は時々屈みながら学ランの掃除をした。

母「うん、よし」
妹「うわあ、お兄ちゃんかっこいー!」

妹がひょっこり現れて、まじまじと兄の学ラン姿を見つめる。それから自分の背中にあるランドセルを見た。ほんの数週間前まで同じ物を背負っていた兄が中学生になろうとしている。妹は、兄が少し遠くなったように思えた。

妹「いいなあ制服、かっこいい」
男「ははは、お前も3年後に着ることになるぞ」

妹は頬をふくらませながら、男をじっと見る。130cmと小柄な妹が男を見上げると自然と上目遣いになり、男は睨まれている気分になって目をそらした。

母「男、そろそろ行くわよ」
男「はーい」
妹「私も一緒に行くー」

途中まで親子3人で一緒に歩く。分かれ道、まっすぐ行けば中学校があり、右に行けば小学校がある。

妹「あ、妹友ちゃん!」
妹友「あ、おはよー」

妹の友人にばったり出くわした。妹は小走りでそちらに向かった。男は妹友と目が合い、お互い小さく会釈した。
妹友は小4にして150cmと背が高く、男とほとんど変わらない。そのせいで男は、妹友が少し苦手だった。妹友もまた同様だった。

妹「じゃあ、行ってきまーす」
母「気をつけてねー」

妹を見送り、親子は中学校に向かう。学校に近づくに連れて仲間も多くなり、校門は様々な人で賑わっていた。

女「あ、男。おはよー」
男「おはよう」

女と出会う。小学校時代は6年間同じクラスだった仲間の1人だ。特別仲が良いわけではないが、背丈がいつも同じだったためお互い多少の親近感を持っていた。

女「ねえねえ、先輩が受付やってるよ」
男「え、まじ? そっか、先輩かあ、ちょっと懐かしいなあ」

女は男の手を取り、知らないうちに親と離れて2人で受付に向かった。女の言ったとおり、先輩が受付をしており2人をみつけるなり微笑んだ。

先輩「おはよう2人とも、久しぶりー! 入学おめでとう」
男「お久しぶりです!」
女「先輩かっこいいです!」
先輩「ふふ、ありがとう」

先輩は微笑みながら応えた。男は若干赤面させながら、先輩を見上げていた。母よりも背の高い、170cmの女の先輩。家が近く、1年生の時から登校班などで一緒になっていた1つ上の先輩だ。

女「あ、男と同じクラスだ」
男「またかよー」
女「なにその反応」
先輩「ふふ、じゃあ2人とも、教室に行こうか」

先輩が新入生2人を教室に誘導していった。



3年後、男は地元の適当な高校に進学した。女との腐れ縁は高校でも続いていた。

妹「お母さんみてー」
母「はいはい、ちょっと待ってなさい」

新品のセーラー服に身を包んだ妹がリビングに入ってきた。今日は中学校の入学式、妹は念願の制服を着て朝から興奮していた。
そんな元気な妹を男は横目で見つつ朝食のパンを食べていた。妹は食卓に出ていた牛乳パックを手に取り、注ぎ口に直接口をつけて一気飲みする。今朝開けたばかりのパックが空になって、食卓に再び置かれた。

妹「ぷはー」
男「今日も一気飲みか」
妹「いいじゃん、美味しいんだもん!」

男はコップの牛乳を飲み干し、カバンを持って立ち上がった。高校の入学式は数日前に終わっており、男はこれから電車に乗って通学するところだった。

妹「あ、お兄ちゃんちょっと待って!」
男「ああ?」

妹は男の真正面に立ち、手のひらを男の頭に乗せた。

妹「うーん、もうちょっとでお兄ちゃん抜かせる!」
男「・・・・・・」

男は静かに妹の手を払い、玄関に向かう。中学校の3年間、男は健全な成長期を迎え175cmとやや高身長になっていた。しかし妹はそれ以上の成長を遂げていた。年に15cm伸ばし、中1新入生にして男と同じ175cmになっていた。以前は小さかった妹の急激な成長を、男は中々受け入れられなかった。自分と肩を並べ、さらに成長しようとしているのが男は内心恐ろしかった。

――
駅に向かう途中、女に出会う。

女「おはよう」
男「おはよう、女さん」

駅で一緒に電車が来るのを待つ。中学校入学時に並んでいた身長は今も変わらない。男が175cmになったのと同じように、女も175cmになっていた。

男「女さんは、部活とか考えてる?」
女「うーん・・・・・・せっかくだし、バレーとかやってみようかなって」
男「じゃあ、先輩と一緒になるんだ」
女「うん・・・・・・先輩、まだ身長伸びてるのかな?」

電車が到着し、乗り込む。2人の目に背の高い人が映り込む。

先輩「あ、2人とも、おはよう」
女「先輩! この時間に来るんですか?」
先輩「部活ある日はもっと早いけど、今日はないから」

先輩は網棚を手すり代わりにして立っていた。高いつり革の支柱に頭が触れていた。

男「先輩、また身長伸びましたか?」
先輩「あはは、男くん久しぶりに会っていきなりそれ?」
男「あ、ご、ごめんなさい・・・・・・」
先輩「ううん、大丈夫。やっぱ気になるよねえー。教えるから、ちょっと耳貸して」

先輩は膝を曲げて男に耳打ちする。202.3cm、先輩はそう言った。男は目を丸くして先輩を見上げた。先輩は男に向かって微笑んだ。

女「ねー男、いくつって?」
男「・・・・・・」

男が女に耳打ちする。女はさっきの男と同じ事を繰り返した。

その日の夜、食卓にて男は、4人前くらいの食事を口に書き込む妹に先輩の話をした。

男「そういえば、登校班で一緒だった俺の1つ上の女の先輩いただろ。あの、背の高い人」
妹「ええ? あー、いたかも。髪の長い人だよね」
男「そうそう。あの先輩と今朝あったんだけど、すごい身長伸びててびっくりした」
妹「ふーん、いくつ?」
男「2メートル」
妹「でか! あ、でも妹友ちゃんもそれくらいあるかも」
男「あー、そんな子いたなあ。てか、あの子いま何センチあるんだ・・・・・・」
妹「うーん、数字はわかんないけど・・・・・・あ、そうだ! そのうち先輩と妹友ちゃんで背くらべしない? 先輩の家ここから近かったじゃん」
男「え? ま、まあ、都合があうなら。先輩に次あった時聞いてみるよ」
妹「うん! あー、先輩どれくらい大きいんだろう。楽しみー!」
男「俺は妹友がどんだけデカイのか気になるよ・・・・・・」

――
インターホンが鳴り、男は外着姿で玄関に向かう。

男「はい!」
先輩「男くん、私だよー」
男「先輩、どうぞ上がってください」

先輩はやや頭を下げてドア枠をくぐった。男は先輩をリビングに案内する。

男「妹はまだ帰ってきてなくて、少々お待ちください」
先輩「うん。あー、噂の子、楽しみだなー」

男が先輩にお茶を出す。途端、インターホンが鳴り出す。妹と妹友がやってきた。

妹「ささ、妹友ちゃん、入って入って」
妹友「お、おじゃましまーす・・・・・・」

妹友がリビングに入ると、男と先輩が自然と目を大きくした。ドアをくぐるほどではなかったが、スレスレの位置に頭頂部があった。

妹友「あ、お兄さんも」
男「・・・・・・」

2人が気まずそうに小さく会釈を交わす。そんなやり取りを見ながら、先輩がイスから立ち上がった。

先輩「はじめまして。妹友ちゃんだよね?」
妹友「は、はい!」
先輩「大きいねえ! 何センチあるの?」
妹友「ひゃ、196です」
先輩「すごーい! まだ中1なのに。私は202cmあるの」
妹友「そ、そうなんですか! すごいです!」
妹「うわー、妹友ちゃんよりおっきー!」

先輩が、ふふっと小さく笑う。男は盛り上がる女三人をイスからぼうっと見上げていた。

――
翌朝、妹と妹友が一緒に登校している。いつもどおり元気な妹の隣で妹友はぼうっとしながら俯きがちに、道を歩いていた。

妹「ねえ、妹友ちゃん」
妹友「・・・・・・」
妹「ねえねえ!」
妹友「ひゃっ! ん? なにー」
妹「どうしたの、なんかぼうっとして」
妹友「え、えーと・・・・・・」

妹友は少し考えてから、まっすぐ妹を見て話す。

妹友「ねえ、妹ちゃん。私、バレー部に入ることに決めて!」
妹「え?」
妹友「昨日、先輩と話してみてそう思ったの。バレーってカッコイイなって!」
妹「そ、そう・・・・・・なんかすごい急だね・・・・・・うん! がんばってね、応援してる!」
妹友「妹ちゃん、ありがとう!」



1年が過ぎた。男の家は女子の溜まり場として毎週のように誰かが来ていた。

妹友「うー・・・・・・」
妹「まだ嘆いてるの?」
妹友「だってー、だってー・・・・・・」

妹友は2年になって、部員からバレー部をやめるよう頼まれた。理由は、身長差があまりに大きくゲームにならないからであった。中学バレーのネットの高さは218cmとすでに妹友より低い。また165cmあれば長身と言われる中学女子バレーにおいて妹友の存在は、小学生集団にプロバレー選手が混ざるようなものであった。

妹「それにしても妹友ちゃん、すっごい身長伸びたよねー」
妹友「うん、せっかくがんばって伸ばしたのにー・・・・・・」
妹「ねえ、ちょっと背くらべしてみようよ」

2人は向い合って、リビングの中で突っ立つ。そのまま抱きつけば、妹の顔が妹友の胸に包まれる。2人の身長差は頭2つ分ほどで、妹友の頭上にはすぐ天井がきていた。妹の成長は終盤を迎え現在180cmになった。一方で妹友はさらなる成長を遂げて230cmになっていた。

妹「元気だしてって。あ、ほら、春高始まるよ!」
妹友「うー・・・・・・」

テレビに女子バレーの試合が映る。周りの選手から頭1つ抜けた女性。彼女にカメラがズームアップし、名前と身長が表示された。先輩の名前、210cmという数字がそこに映っていた。

妹友「うー、かっこいいなあ」
妹「うん、すごいよねー」

サーブを受け、トスをしてアタック。一見単調に見える動きも見ているに連れて段々と熱くなってくる。

妹友「・・・・・・」
妹「・・・・・・」

2人はテレビに見入っていた。手を伸ばすだけでブロックできる先輩の長身。そして、その先輩よりさらに20cm高い妹友。どこからか湧いて出てきた悔しさが妹友の心全体に染み渡る。しかし今は、目の前の試合を見て心の底から先輩を応援するのだった。

試合が終わり、リビングに沈黙が漂う。先輩のいるチームが勝利し、別のチームが試合を始めていた。

妹友「・・・・・・妹ちゃん」
妹「ん?」
妹友「私、今度はバスケで頑張るよ」
妹「え?」
妹友「バスケだったらリングの高さは305cm。あと75cm伸びても大丈夫なの」
妹「・・・・・・そう、がんばってね」

妹友の勢いに圧倒される妹を尻目に、妹友はテレビの中で華麗に飛び跳ねるバレー選手たちを凝視していた。

数年後、身長270cmの女子バスケ選手が登場し日本のエベレストと呼ばれ世界の注目を集めることになるのであるが、その話はまた別の機会に――
-FIN

創作メモ

SS形式に挑戦してみました。昔、某BBSで書いていた時期もあったのですが、もう書き方を忘れてしまいました……