彼女の3姉妹
温度が下がり始める10月、彼女と歩きながら俺はこんなことを考えた。類は友を呼ぶという諺は、人間として似た者が同士が引かれ合うという意味に使われる。しかしこんな意味もあるんじゃないかと。初めは異質な者同士でも、距離が近くなると次第にそうなってしまう。一方の持つ性質が他方にその性質を持つように影響してしまうのではないかと。
「それって、『朱に交われば赤くなる』ってこと?」
「・・・・・・まあ、そうとも言えるかもしれない。まあともかく俺が言いたいのは、サナの周りに長身女性を置いておけば、サナの身長がもっと伸びるんじゃないかっていう、妄想」
「またそんなことを・・・・・・」
サナは変なものを見る目で俺を見下ろしてくる。しかし、これが嫌悪の目でないことは俺にはわかる。普段通りのやり取りに過ぎない。
「私の身長抜かすーって言っていたかと思えば、急にもっと伸びたらいいなって。誠のこと、よくわからなくなるなー」
それについては正直自分でもよくわからない。俺の身長は172cm、たいして彼女は175cm。まだわずかながら身長は伸びているので卒業までの彼女を抜かしたいとは思う一方で、自分よりも高いままでいてほしいと願う自分もいる。
「まあともかく、サナの周りに長身女性を置けば・・・・・・って思ったけど、そんな人めったにいないよな」
「え? まあ多くはないかもしれないけど、わりといるよ」
「まじ? 175cm以上の女性が?」
「うん。ていうか、うち3人姉妹の5人家族だけど、私が家族で1番小さいし」
「え?」
間抜けな返事をしてから、ぽかんと開いた口がふさがらない。サナの長身が遺伝であると考えれば当然なのかもしれないが、それでもサナが1番小さいなんて。しかも3人姉妹でそうとは初耳だった。
「良ければこれから来る?」
「いいの?」
「うん、うち、そういうの緩いから」
サナについていき、電車を乗り継いで彼女の家に向かう。咄嗟に決めてしまったことであったが、いわゆるお家デートがこんな形で実現して俺は時間が経つごとに緊張を高めていった。それは、彼女の家に行く緊張であると同時に、彼女よりも背の高い家族に会うことへの緊張でもあった。
「ここだよ」
立ち止まった目の前には、普通の一軒家。巨人一家がここに暮らしていると言われても信じられない、ごく普通の家。サナは特に躊躇もなく普通にドアを開けて中に入ったので俺もそれについていく。
「ただいまー。友達連れてきたー」
「おー!」
男性の声が聞こえ、のそのそという音を立ててその人は玄関にやってきた。背の高い男性、聞いていた通り、サナよりも背が高い。
「お父さん、185cmあるの」
「あー、いらっしゃい。サナと仲良くしてくれて、ありがとう」
手を差し出してきたので、握手を交わす。俺よりも一回り大きい手が俺の手を包み込んだ。
「お父さん、身長高いですね」
「高い? まあ、サナよりは高いですね」
曖昧な受け答えに変な感じを覚えていたら、隣のサナがニヤニヤしていることに気が付いた。
「どうしたの?」
「ん? うーん、誠いま、お父さんが家族で1番高いんだろうって、思ってない?」
「え、違うの?」
「はい。私は家族で2番目に小さいですね。蚤の夫婦なので家内の方が高いですし、娘も、カナ以外は私よりずっと高いです」
「本当、どうして私だけ小さいんだろうね」
「まあ、俺のお袋は小さかったから、そっちの血が流れたんじゃないかな。まあ、お袋も165cmくらいありましたけど。立ち話も何なんで、上がってください」
お父さんに言われて俺たちは靴を脱いでリビングに案内された。
椅子の上に分厚い座布団を2枚乗せて座っている。それでも、机は少し高い。俺がそうなのだから、サナもそんな感じだ。そして俺たちが椅子に座ったタイミングで、お父さんがものすごく背の高い女性を連れてきた。女性ドアを軽くくぐってリビングに入ってきた。俺はそんな光景に目を丸くして驚いた。
「初めまして、母の百合子です。身長は200cmです」
ほほ、と上品に口元に手を当てて微笑するお母さん。お父さんよりも小顔で芸能界にいそうな美人さんなのに、首から下は細長く、お父さんの後ろに隠れてしまうそうなくらいの横幅しかない。でもって、縦はお父さんよりも頭1つほど高い。
「お母さん、実はもっと身長あるんじゃないの? ナナが200cmの時、お母さんの方がちょっと高かったじゃん」
「うっ・・・・・・実はこの前測ってみたんだけど、203cmだったの。姿勢矯正とか、したせいかしら?」
「な、ナナ?」
「あー、私の妹。いま中3、呼んでくるね」
「初めまして、ナナって言います」
ドアを大きくくぐって入ってきて、にこっと営業の笑顔を浮かべる少女。サナをそのまま縦に引き伸ばしたような少女だが、サナが肩より下に来てしまうほど背が高い。お母さんよりも頭半分高い。
「すごく、背が高いね」
「はい。春の測定では210cmでした」
「それで、今は?」
「知りません」
笑顔のまま、きっぱり言い切る。203cmのお母さんより頭半分高いから、多分215cmとか、それくらいだと思う。
「それに身長なら、今はマナの方が高いですよ。ほら、出ておいで」
下を向くナナちゃんの目線を置くと、マナちゃん、サナとそっくりでおどけない少女が廊下に座ってこちらを見ていた。俺は彼女に軽く会釈をすると、向こうも返してくれた。
「ほら、立ち上がって」
ナナちゃんが手を取り、ぐっと持ち上げる。しぶしぶと立ち上がったマナちゃんの頭がぐんぐんと上昇していき、ナナちゃんを抜かし、頭1つ弱高くなった。ドアなんて肩までしかない。そわそわと落ち着かない様子で髪をいじりながらあちこちを見回す彼女。
「マナちゃんは、何年生?」
「えーと、1年です」
「春はうちと同じくらいだったんですけど、すぐ抜かされちゃいました。今いくつ? 昨日測ったんだよね」
「・・・・・・235cm」
「そう。ちなみに、お兄さんは?」
「俺は175cmだけど」
「お姉ちゃんより小さいですね。並んでみてください」
にやにやと意地悪に微笑むナナちゃんに誘われて、俺は立ち上がって2人と並んでみる。・・・・・・わかっていたが、大きい。ナナちゃんでも、肩よりも下に入ってしまう。目の前には彼女の胸があって俺は咄嗟に目を逸らした。そんな俺をナナちゃんは下目で見下してから、ふっと鼻で笑った。
「お兄さん、マナの腰が胸にくるんですねー」
にやにやしたナナちゃんに指摘されて、どきっとする。言われた通り、俺の胸にマナちゃんの腰がある。もっとも衝撃的なのはそれだけじゃない。俺の目の前にはどーんと電柱のように彼女がそびえたっている。胸でさえ見上げないといけないし、目の前には彼女の肘が映って訳が分からなくなった。
「本当、マナ、大きくなったよねー」
「うー、大きくなりすぎだよー」
「ねえねえ、手を比べてみてよ」
ナナちゃんに言われるままに、俺たちは手を比べてみる。
「え?」
同時声が出た。同じくらい、むしろ俺の方が少し大きい。
「マナ、やっぱりやせすぎだって。たくさん食べないと」
「いっぱい食べてるけど、全然太んないんだもん」
「もー。じゃあ次は足。足、比べてみて!」
段々と物言いが雑になってくるマナちゃん。足の大きさはみるからに違うので恥ずかしくなったが、並べてみる。初めは年下の女子に大きく負けている今の状況を恥じらう自分もいたが、段々と慣れてきた。それはおそらく、マナちゃんも同じだ。
「うわ、すっごい。マナ、いくつ履いてるんだっけ?」
「今は36。お兄さんは?」
「俺は、25.5」
10cm以上大きい靴を見るのはいつぶりか、保育園ぶりだろうか。手で包めてしまうくらい小さな15cmの靴と俺の靴を並べたらこんなふうになるんだろうと思う。しかしその巨大な靴の持ち主は、まだあどけない中学1年生の女の子なのだ。
・・・・・・思い出したように、サナの方を見てみる。見るからに不愉快そうな表情で俺を見ていた。これは、帰りにアイスとかおごらないといけないかもしれない。しかしそれくらいで機嫌を直してもらえるのなら、もっとこの瞬間を楽しみたいと思ってしまう自分がいた。
-FIN
創作メモ