比べ合い
夜9時、健康な男子中学生なら活発になり始める時刻に僕は自室でネットサーフィンをしていた。外では雨がザーザーと地面を、また窓を激しく打ち付けていた。
――――ピシャーン!
雷が落ちた。僕はそれに小さく驚く。そして隣の部屋からは甲高い悲鳴が聞こえてきた。妹のアキの悲鳴だ。アキは現在小学6年生、これくらいの歳でも雷を怖がる、可愛い妹だ。もっとも、可愛いのは中身だけなのだけれど・・・・・・
――――ピシャーン!
キャー!
また、雷が落ちた。今日は近年稀に見る激しい雷雨のよう。そして再び隣から悲鳴が聞こえてきた。あの妹が雷を怖がる様子を想像して、僕はプッと、軽く吹き出してしまった。
トン、トン、トン――コンコン
廊下で足音がしたかと思えば、僕の部屋のドアがノックされる。それからほどなくして、部屋のドアが開く。
「ねえお兄ちゃん・・・・・・一緒に寝ない?」
「やだ」
僕は即答した。妹をいじめたいわけではない。ただ・・・・・・僕は、妹が少し苦手なのだ。
「ねーねー今日だけだから、お願い」
「もう6年生なんだから、雷くらいで驚くなよ」
「むーっ。だって怖いものは怖いんだもん! ねーねー、お兄ちゃん、お願い!」
僕は妹を無視して、ネットサーフィンを続ける。すると妹は足音を荒くして、僕の方に近づいてきた。妹は僕の脇の下に手を入れて、そのまま真上に持ち上げた。
「痛い痛い! お前急に持ち上げるなよ」
「だってお兄ちゃんが無視するんだもん! このままお部屋に運んじゃうよ」
「分かった分かった、パジャマに着替えたらそっちに行くから、ちょっと待ってろ」
「絶対来てよね!」
そう言って妹は部屋から出て行った。気は進まないが、こうなったらもう仕方がない。僕は着替えて、妹の部屋に向かった。
僕は中学3年生だが、身長は155cmととても低い。こう見えて1、2年生の時には10cmくらい伸びた。しかしこれ以上伸びることは、もうないと思う。
一方で妹は、小学6年生にして180cm超えとかなりデカイ。男でもここまでデカイのは背の順の後ろから数人くらいだ。それに背だけが高くてヒョロヒョロなので、多分これから成長期に入って、さらに伸びていくんだと思う。
妹は身長だけは高いが、中身は普通の小学生だ。むしろ、雷を怖がっているように、同級生よりも幼いかもしれない。それでもって力は相応にあるので、僕はいつも振り回されている。今日もそうだ。こちらが言う事を聞かないと、妹は力で解決しようとしてくる。
無事に一晩過ごせれば。僕はそう願いながら、妹の部屋のドアをノックした。
「あ、お兄ちゃん来たー!」
ドアが開き、妹が出迎えてくれる。僕の目の前には、パジャマ姿の妹の胸がある。もっとも、そこに乳首があるのかどうかは、ぱっと見た感じでは判断できないが。
「さあ、お兄ちゃん一緒に寝よー」
妹は僕の肩を持ち、布団まで誘導する。2人分の布団はないが、うちは敷布団だからなんとかなるだろう。
ピシャーン
「きゃー!」
雷が落ちると同時に、妹が僕の首を絞めた。僕の頭は妹の肩のあたりにあるため、妹が何も考えずにギュッと抱きつくと、僕の首がキュッと絞まるのだ。僕は必死にもがき、妹に存在を知らせた。
「苦しい、苦しい!」
「あ、お兄ちゃんごめん! 首絞めちゃった」
「ったく、気をつけろよ。あー痛かった」
「ごめんねー。じゃあ、横になろっか!」
僕は、妹と同じ布団で横たわる。しかし当然、横になって直ぐに寝られるわけではない。僕は生活リズムが妹とは違うし、妹は雷で興奮しているのか、中々寝付かない。眠くなるまで、僕らは雑談をした。
「お前、いま身長いくつあるんだ?」
「ちょっと前に測ったら、188cmだったよ! もうちょっとで190cm」
「でかいなー。まだ伸びてるんだろ?」
「うん! もっともっと大きくなるよー」
妹はそう言って、僕の手を持つ。僕は暇つぶしに、妹と手を比べた。
「お兄ちゃんのお手手、ちっちゃ―い。指の先っちょ1つ分だけ、アキの方が大きいね」
「大きいなあ・・・・・・足はいくつ?」
「28cmだよ。お兄ちゃんは?」
「・・・・・・23cm」
「かわいい! ちょっと比べよー」
妹は起きだして、僕と足を比べる。内心、早く寝ろと思いながらも、僕は好奇心で足の裏を合わせた・・・・・・5cmの差は予想以上に大きい。妹の足の内に、僕の足がすっぽりと入ってしまう。
「お兄ちゃん足ちっちゃいねー」
「お前のはデカイなあ」
「えへへ・・・・・・ねえねえ、もうちょっと、くらべっこしない?」
そう言って妹は立ち上がる。億劫だが、どうせ僕に拒否権はない。それに、少し好奇心も出てきた。僕は立ち上がり、妹と向かい合った。僕の背は、妹の肩よりも低い。妹はそんな僕の頭を撫でた。
「えへへ、お兄ちゃんちっちゃいねえ」
「お前がでかすぎるんだよ」
「私の腰は・・・・・・お兄ちゃんの胸くらい?」
「鳩尾な。お前、脚長いんだな」
「そうなの? 嬉しい!」
妹はそう言って、僕を覆うように抱きしめた。妹の手首は、僕のヒジとかヘソのあたりにある。そして僕の顔は、妹の胸の上半分に押し付けられた。妹の胸は未発達なので恥ずかしくはないが、少し、緊張した。
「・・・・・・もういいか? そろそろ寝よう」
「うん、お兄ちゃんありがとう」
僕らはまた、布団の上に横たわった、
――ピシャーン
また、雷が落ちた。その途端、妹は横になった状態で、僕を抱きしめた。
「キャー」
「うるさいぞ。早く寝ろ」
「ねー、このまま寝ても、いいかな?」
「・・・・・・」
首を横に振ったところで、僕は妹にされるがままになるのだろう。僕は諦めて、頷いた。
「えへへ、ありがと」
「早く寝ろよ」
僕は妹に抱きしめられた状態で一晩を過ごした。朝起きると、僕のパジャマは汗だくになっていた。
妹はスヤスヤと眠りながらも僕をガッチリとホールドしていたため、僕は身動きが取れなかった。妹が目を覚ましたのは、それから30分くらいしてからだった。
それから1年後。僕は地元の高校に進学し、妹は中学生になった。僕の身長はこの1年で3cmほど伸びたが、妹の成長は、にわかには信じがたいものがある。しかも最近は成長痛がすると、よく言っている・・・・・・
――――ピシャーン
キャー!
毎年恒例の夏の雷雨、そして妹の悲鳴。妹の足音が廊下から聞こえ、僕の部屋のドアがノックされる。
「ねーお兄ちゃん」
「やだ」
別に、妹が嫌いなわけではないし、いじわるをしたいわけでもない。ただ、僕は高校生で、妹は中学生だ。もうそろそろ、兄離れをさせなければいけないと、思うのだ。
「むー、お兄ちゃんの意地悪!」
「お前もう中学生だろ、雷くらいで怖がるなよ」
「怖がりたくて怖がってるんじゃないもん!」
そう言いながら、妹は僕の部屋に入ってきた。妹の背はドアよりもずっと高くなり、ドアをくぐって入ってくる。細身な妹だが、その様子はかなり威圧的だ。
「わかったわかった! いま行くから待ってろ!」
「ほんと! えへへ、ありがとう」
妹はニコニコしながら、またドアをくぐって、部屋から出て行った。兄として複雑な気持ちだが、妹の機嫌を損ねたら何をされるか・・・・・・それを考えたら、自然と自分から受けてしまった。僕はパジャマに着替えて、妹の部屋に向かう。
コンコン――
「あ、入っていーよー」
ドアを開けると、妹が部屋いっぱいに脚を伸ばして、ストレッチをしていた。相変わらず、脚が長い。
「なんか成長痛がすごくて。ストレッチすると、ちょっとよくなるの。じゃ、寝よっか!」
妹はストレッチをやめて、布団に入った。妹の脚は敷布団からはみ出ていたが、あまり気にしていない様子だ。僕は、妹の隣で横になる。背徳感と、少々の恐怖を感じるが、一晩だけだと、僕は割り切る。
「えへへ、なんか去年もこんなこと、やったよね?」
「あー、言われてみれば」
「ねえねえ、また比べっこしてみない?」
そう言って、妹は手のひらを見せてきた。去年もそうだったが、僕に拒否権はない。僕は、自分の手のひらを、妹のに重ねる。関節1、2個分だけ妹の方が大きい。自分よりそれだけ小さい手を想像すれば、この差がいかに大きいものか・・・・・・
「お兄ちゃん、手ーちっちゃくなった?」
「おまえがでかくなったんだよ」
「えへへ。あ、そうだ、身長測ってくれない? また伸びた気がするの!」
妹は布団から出て勢い良く立ち上がり、壁に背中をついた。寝るために呼ばれたはずなのだが、と心の中で愚痴を吐きながら、僕もしぶしぶ立ち上がる。妹の頭は、ドアの枠よりも頭1つ分近く高い。
僕はメジャーを持ち、下部をセロテープで固定して、椅子に乗って、背伸びして、妹の身長を測る・・・・・・妹の身長は、220.1cmだった。
「あっ、伸びてる」
「でかすぎだろ!」
僕は思わず叫んでしまった。
「お兄ちゃんはなんセンチ?」
「158」
「じゃあ、62センチも違うんだねー」
妹は僕の脇の下に手を入れ、僕を持ち上げて、床におろす。まるで保育園児になった気分だ。そして僕の目の前には妹の鳩尾があり、僕の鳩尾の辺りには、妹の股がある・・・・・・背中がぞっとした。こいつはこんなにでかかったのかと、今更気がついた。
「足もちっちゃいよねー」
「確か、24cm」
「わたし32センチ!」
「だから、でかすぎるんだって」
僕の2倍くらいある妹の足を見ていると、僕らは本当に兄妹なのか、もっと言えば、同じ人間なのかと思えてくる。
「お前、バレー部だっけ?」
「うん、そうだよ」
「バレーで無敵だろ」
「ネットより大きくなったよ!」
「すげえな・・・・・・」
妹はまた、僕を持ち上げる。もう何をされても驚かない。僕は、身を任せた。
「お兄ちゃんちっちゃすぎて、話しにくいよー」
「お前が座ればいいじゃないか」
「あ、そうか!」
妹は僕を持ったまま、、布団の上に正座した。
「ねえ、ここおいで!」
妹は太ももの上をパンパンと叩いた。僕は何も考えずに妹の膝の上に、妹の方を向いて座った。この状態でも、妹のほうが頭半分くらい、高い。
「えへへ、お兄ちゃんかわいいなあ」
「・・・・・・もう、寝ろ」
「うん、寝ようか!」
そう言って、妹は僕を抱いたまま横になった。予想通り。僕は妹に抱かれたまま寝ることになった。
いつになったら兄離れをしてくれるのか。僕はその日がなるべく早く来ることを、ただ願った。もしも今のままで身長だけが伸びていけば・・・・・・想像しただけで、背筋が震えた。
-FIN
創作メモ
お題箱でいただいたものを書きました.身長差だけでなく,パーツの比較をしてほしいというものでした.