てっぺんを目指せ!

 私が初めてその人を知ったのは学校対抗相撲大会でのことでした。当時小学1年生だった私は周りよりも少し背が高く、120cmあり、運動も得意だったので町の学校対抗相撲大会でも活躍して男女含めて1位になりました。私は強いんだ。この学校だけじゃなくて、町で一番強いんだと自信を持っていました。
 試合が終わって6年生の試合を見学しに行ったとき、すごいお姉さんがいました! 身長がすごく高くて、強そうで、同じ学校の一番背の高いお姉さんよりも頭一つ分くらい大きくて、まるで姉妹で対決しているみたいでした。そしてものの見事に圧勝して金メダルを取っていました。
 強くなりたい、大きくなりたい。私は試合の後、強くそう思いました。クラスで一番とかじゃダメなんだ、世界で一番になりたいんだと思いました。その日から毎日ご飯をいっぱい食べて、いっぱい運動して、いっぱい寝るようにしました。3日坊主な私でしたが、世界一大きく強くなるために、それらは毎日毎日続けました。その後そのお姉さんは中学生でプロレスラーになって、世界チャンピョンになりました。なので私も、中学生までにお姉さんと同じくらい強くなって、お姉さんと対決することを夢見るようになりました。

 プロレスラーを夢見て4年が経ちました。今は小学5年生です。トレーニングのおかげで毎年20cm伸ばすことができ、身長は200cmになりました。学校でもダントツで1番大きくなりました。力も強くなって、低い入り口をくぐるときに頭をぶつけると、入り口のほうを壊してしまうようになりました。つい最近、体育倉庫の入り口を曲げてしまい、ドアが閉まらなくなってしまいました。わざとじゃないですし、私も言われるまでぶつかったことすら気が付きませんでしたが、みんなに迷惑をかけてしまいました。200cmもあるとドアの枠とかに頭をぶつけてしまうので、うちのクラスのドアは他のクラスのよりもでこぼこしていますし、机や椅子も、よく壊してしまいます。びっくりしたのは、この前家の中で背伸びをしたら天井に穴をあけてしまっていたことです。こんなことをいうと私のことを筋肉もりもりの女の子のように思えるかもしれませんが、見た目は結構細いんです、電柱なんてよく言われます。力がついた分身長も伸びるので、見た目はそんなに太くないんです。ちなみに8頭身あります。
 私のあこがれのお姉さんは今、高校1年生になって全国で活躍してるみたいです。私も1年生のころからクラブに入ってスポーツとかやってきて、町では一番強くなりましたし、先生よりも強くなりました。そのおかげで、今度お姉さんと対決できるようになりました! お姉さんがどれくらい強いのか楽しみです。
 土曜日、先生に言われたジムに向かいます。とても新しいところみたいなので、ちょっと暴れたくらいじゃあ壊れなさそうで、安心しました。今では慣れましたが、いつものジムでは最初のころはよく物を壊していましたから。
 時間から少し遅れてお姉さんがやってきました。私は深々と頭を下げて、礼儀正しくしました。
「よ、よろしくお願いします!」
 お姉さんはガムをぺっと吐き出しました。200cmと聞いていましたが、私より少し小さかったです。身長だけなら勝てたと思い、私は少しうれしくなりました。

「ちょっとー、超強い小学生って聞いたんですけどー。でかいだけでヘロヘロじゃん」
「いやいや、見掛け倒しだよいい意味で。この子、めっちゃ強いからね。触ってみればすぐわかるよ」
 お姉さんの前で褒められて、私は照れ臭くなりました。お姉さんはふーんと言いながら、私の左のふくらはぎを蹴ってきました。なにか、テストでもしているのでしょうか? その後、二の腕をつかんできたり、軽くパンチをしてきたりしました。お姉さんの表情が徐々に真剣になってきて、勝負が近づいてくるのを感じました。
「な、なにこの子・・・・・・鉄? 硬すぎ」
「でしょー、逸材だよ。どうする、勝負する?」
 お姉さんはなにか考え事を始めました。どうしたのでしょうか、勝負はしないのでしょうか? お姉さんの顔色がだんだんと悪くなってきました、もしかして、コンディションが良くないのでしょうか?
「あんたと妹を戦わせてみたい」
「はい?」
 妹、お姉さんに妹がいるなんて、初めて聞きました。
「あのー、試合はしないんですか?」
 お姉さんがきっとにらんできます。どうしてか、怒らせてしまったみたいです。私は申し訳なくなって、小さくお辞儀をしました。
「高校生と小5じゃ、年齢差がありすぎる。レスリングは平等が基本。でも、中1の妹ならまだ大丈夫。最強って聞いてそんなことないって思ってたけど、連れてきておいてよかったわ。出ておいで」
「はーい!」
 声のしたほうをみると、なんとジムの入り口をトンネルでもくぐるようにして入ってくる、中学生のお姉さんがいます。私よりもずっと大きいです。私よりも大きい人なんて見たこともありません。
「妹でーす。身長は230cmでーす。お姉ちゃん、本気出していいの?」
「後輩なんだから、手加減はしてあげなさい」
「はーい」
 そう言ってお姉さんの妹は戦闘態勢に入りました。私も構えますが、身長差がありすぎます。ドロップキックを一発。妹さんがよろけました。
「ちっ! ちょっとはやるみたいじゃない」
 妹さんは私を持ち上げます。すかさずパンチをかまそうとしましたが、リーチが足りません。
「ほらよ!」
 そのまま地面にたたきつけられてしまいました。すぐさま起き上がろうとしますが、妹さんが上に被さってきます。
「ワンツースリー! 試合終了、ほどいてほどいて!」
 レフェリーのカウントが終わってしまいました。私の負けです。妹さんは技をほどいて私を解放してくれます。全く歯が立ちませんでした。
 私はこの日以来、妹さんよりも強くなることを目標にさらなるトレーニングに励むようになりました。

 身長は順調に伸び、中学生になるころには242cmありました。妹さんは同じ中学校の3年生の先輩ですが、今は240cmあるみたいです。私のほうがちょっぴり大きくなっていました。先輩は成長した私を見て、少し驚いていました。
「先輩、お久しぶりです! 勝負しませんか?」
「あー・・・・・・」
 少し悩んでいます。入学して早々、急なお誘いだったでしょうか。
「あー、パス。うち受験とかあるからさー」
「じゃあ、来年の3月くらいならいいんですね!」
「えーとー・・・・・・」
 私は目を輝かせながら質問しました。先輩は目をぐるぐると回しています。やっぱり、急だったのでしょうか? 試合とか、スケジュールが詰まっているのでしょうか?
「あー、うん。いいよー」
「やった! ありがとうございます!」
 私は深々とお辞儀をして、スキップしながら帰っていきました。途中壁にぶつかって壁を壊してしまいました。後で先生に謝っておきました。中学校の建物は小学校よりも古いので、気を付けないとすぐに壊してしまうみたいです。
 中学生になった私はバスケ、バレー、テニスなど色々な部活に入ってみましたが、すぐにつまらなくなってやめる日々を送っていました。やっぱり私は、ジムでトレーニングをするのが一番向いている気がします。最近は100㎏のダンベルで軽くウォーミングアップをしてから、500㎏のバーベルを1000回上げるのが日課です。運動しすぎると身長が伸びなくなるらしいので、激しいのは避けるようにしています。最近は成長期みたいで、しょっちゅう服を作り直しています。どこまで大きくなれるのか楽しみです!

 ――とうとう、先輩との勝負の時がやってきました。4月ぶりに会う先輩はとても小さくて、おへそくらいの身長しかありません。まあ、クラスの子はみんな私の脚の間をくぐれちゃいますし、正座しても170cmあって女子の中ではまだ高いほうです。
 今の身長は350cmあります、中学生になった私はむくむくと大きくなって、1か月に10cmくらい伸びていきました。学校の天井よりも大きいので、いつも中腰かハイハイで移動しています。身長が伸びた分、力も強くなって、10tトラックくらいなら持ち上げられます。ジムのバーベルは500㎏が上限なので、最近は身の回りのものでトレーニングをしています。私のために作ってくれたバーベルだったということで記念にもらって家に置いてあるのですが、軽すぎて寝起きの目覚まし代わりのウォーミングアップくらいにしか使えません。
 私の目の前には先輩がいます。先輩の方は少しだけ身長が伸びたみたいで、245cmあるといっていました。でも、私のほうが1m以上大きいです! 身長だけならこの人よりもずっと高くなれて、私は嬉しい気持ちでいっぱいでした。
 私たちがいるところはジムではありません。ジムは小さくてもろいので。知り合いの人の山に来ています。ここなら少しくらい暴れても大丈夫だと思います。
「先輩、今日はよろしくお願いします!」
「え? あ、あー、うん」
 私に先輩に最敬礼をします。待ちに待った、先輩との対決です。私はこの数年間を、先輩に勝つために過ごしてきました。私は先輩よりも強くなれたのか、その答えは今日わかります。
 ここはリングではないので、普通のプロレスとは少し違うルールで勝負します。一言でいうと、『ガチンコ』です。普通のプロレスでは両肩が地面について3つ数えたら負けという以外にも色々とルールがあるのですが、今日はそれだけです。相手を地面に押し付ければ勝ちです。
「準備はいいですか?」
 レフェリーは離れたところから、私たちを見ています。普通ならリングネットに触れたらほどいたりと、色々なお仕事があるのですが、今回は見ているだけで大丈夫だからです。
「はい、準備万端です!」
「あー、うん」
「では、構えて」
 私たちは腰を落として向かい合います。身長差がありますが、たぶん、そこまで問題じゃないと思います。
「・・・・・・ファイ!」
 私は先輩の肩をつかんで、先輩を持ち上げます。
「いたたた! ギブギブ!」
 そして先輩を地面にたたきつけます。
ドォオーーーーーン
「ぎゃあああああーーーーーーー!!!!!」
 先輩が地面に埋まっています。肩が地面にめり込んで、人型に地面が凹みました。私の勝ちです。しかし・・・・・・なんでしょう、このあっけなさは。
「大丈夫か? 救急車は呼んである。だから辞退しろと、あれほど」
「いたい・・・・・・いたい・・・・・・」
 先輩がぼろぼろと涙をこぼしながら痛がっています。受け身を取り忘れたのでしょうか? 体調が悪かったのでしょうか? 救急車がやってきて、先輩を乗せようとしています。しかし地面に埋まった先輩を、救急隊員の人は掘り出せないみたいです。
「あ、わたしがやります」
 私は地面に手を突っ込み、先輩を掘り出して担架に乗せました。ふくらはぎが半分くらい出ていましたが。
「ぎゃーーー!」
 また、先輩が泣いています。担架に乗せると救急車がすぐに発車しました。私はその様子を上から呆然と見下ろしていました。あんなに強かった先輩が、あこがれていた先輩が、たったの数秒であんな風になってしまうなんてと。
「わかったか? 自分の強さが」
 レフェリーの声が聞こえます。
「君はもう、人間離れした力を持ってしまった。誰も君にはかなわない、ライオンでも敵わないだろう」
「でも、去年までは先輩のほうが強かった」
「この1年で君は強くなりすぎた」
 強くなりすぎた・・・・・・レフェリーの言葉がどすんと私の胸にのしかかります。私はただ、先輩に勝ちたかっただけなのに・・・・・・私は・・・・・・
「私に勝てる人は」
「いない、世界広しといえども。動物でもいないだろう、君は百獣の王だ」
 百獣の王・・・・・・私は、王、女王。この地球の女王・・・・・・
 私は近くの木を2本地面から抜き取り、地面に叩きつけます。
「何をしている?」
「ウオーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
 山から鳥がバサバサと飛んでいきました。そして助走をつけてから木を地面にさしてジャンプをします、棒高跳びです。それから私は走り続けました。木々をなぎ倒し、地面を割りながら、走り続けました。理由はありません、ただ、先輩との戦いのために温存してきたエネルギーを発散したかったのです。
 目の前に広がる巨大な崖、私はそれに向かってパンチを食らわせます。弱いパンチでは崖を揺らすことしかできないので、強い一発を入れます。崖が割れました。その割れ目にさっき抜いた木を1本横方向に差し込み、もう1つの木でたたきます。
パーーーーーーーン
 地面が割れました。私はその中に飛び込み、底まで降りた後、両手両足を崖に差し込みながら、崖を登って地上に戻りました。いい運動になりました。私は地面で大の字に寝て、一休みをしました。
 関節がミシミシと傷み始めます。適度な運動をしたあとはよく起こります。成長期なので、身長が伸びているんだと思います。さて、これからどうしましょう。百獣の女王は何を目標にして生きていけばよいのでしょうか。トレーニングが生きがいの私ですが、トレーニングをしても、最強なら試合はできません。他の目標を見つけなくてはなりません。さあ、これからどうしよう――



 全身骨折、内臓損傷から1年を経て、私は全快した。治療中は地獄だったし、過失ということで保険も適用されず、家族に迷惑をかけてしまった。楽しみにしていた高校も1年休学したせいで下級生と同じクラスになった。
 散々だ、でも私はそれを全く後悔していない。生きていてよかった、私はただそれだけを思う、そして自分の運の良さに感謝する。試合中の絶望に比べれば、その後の悲惨な1年なんて、屁でもなかった。
 私は今、山奥の工場に向かっている。理由は、『彼女』と出会うため。『彼女』、なんて言っていいものなのかは知らない。まあ、私もたいがいではあるが。
 目的地に着くと、彼女の居場所はすぐにわかった。あるところから、やたらと大きな音が聞こえて来たから、そして隙間から巨大な人影が見えた。傷が疼くのを感じた、冷や汗が出てきた。でも、一度は見ておきたい、彼女が今なにをしているのかを。
 聞いてみればあの子は私の姉にあこがれてプロレスをはじめ、私を倒すことを人生の目的にしていたらしい。しかし、あの子にとって私はあまりにも弱すぎた。そして人生に絶望したとか。近くの山の地割れは、それからあの子が暴れたせいらしい。信じない人もいるけれど、私は信じられる。その力のほんのわずかであるが、この身でそれを体感したのだから。でも・・・・・・そんな暴れたくなる彼女の気持ちも、ちょっとだけわかる。
「すみません」
 近くの人に声をかける。255cmの私を見ても、そこまで驚かれない。
「もしかして、あの子の知り合いかい?」
 おじさんの指さす先にはさっきの巨人。
「はい、そうです。今、お時間ありますか?」
「ああ、いいよ。よく、こんなところまで来たねー。おーい!」
 おじさんが叫ぶと、他の作業員は皆注目する。もちろん、あの子も。そして私と目が合う。
「あ、先輩。お久しぶりですー!」
「先輩か。まあ、10分くらいなら休憩とってもいいよ」
 その子は私をめがけて小走りでやってくる。小走りといっても、たぶん時速100kmくらいあると思う。そして砂埃を立てながら、私の前で停止した。
 去年よりもさらに巨大化していた。
「先輩お久しぶりですー。前はけがをさせちゃって、ごめんなさい」
「あー、うん。大丈夫。今は社会人?」
「そうです! 中学校は色々大変なので。ここならのびのびできますし」
「そう、よかったね。身長はいくつ?」
「えーと、この前の健康診断では、570cmでした。まだ伸びてます!」
 胸を張って答える彼女。身長以外は、あまり変わっていないらしい。私への盲目的な憧れは、なくしてくれたみたいだけど。
「えーと、先輩はいまは・・・・・・」
「私は今は高校生よ」
「そうなんですね! お勉強、頑張ってください」
「ふふ、ありがとう」
 私は車に乗って、来た道を戻る。後ろでは相変わらず爆音が鳴り響く。私より大きくても、私より強くても、あの子は私を先輩と呼んでくれた。私がどこまで良い人になれるかはわからないけれど、あの子をがっかりさせる顔はもう見たくないと思った。
 4月から私の高校生活が始まる。
-FIN