一番になりたい

 某県某町、自然が豊かな田舎町。バスは1時間に1本で、家から駅まで自転車で20分はかかる。そんな町の中にどんと佇む、大きな3階建ての建物、『いわやま幼稚園』の入園式。新品でぶかぶかの制服に身を包んだ3歳の男の子と女の子とその親御さんがぞろぞろと幼稚園に入っていき、受付を済ませて、ある子は心を躍らせて、ある子は緊張して、ある子は親と離れることを嫌がってべそかいて、入園式が始まるのを待っている。
 3歳児、同じ3歳児でも4月生まれか3か月生まれかで20cmも背丈が違ってしまう、そんな時期である。入園式に臨む子供の中には、大きい子もいれば小さい子も、中くらいの子もいる。平均身長90cmのそんな集団の中で、1人、飛びぬけて大きな女の子が、入園式が始まるのが待ちきれない様子でそわそわニコニコしながら椅子に座っていた。
 彼女の名前は高尾理沙、高くても100cmと数センチという3歳児の集団において、彼女の身長は驚異の120cm。周りの子よりも頭1つどころか2つも大きい。それどころか幼稚園全体でも、6歳児クラスの子供よりも大きいし小学1年生よりも大きい。
 以前から理沙を知っている子供は入園式で彼女を見つけるなり、声をかけた。一方知らなかった子供は、彼女のことを入園する子のお姉さんだと思った。そんな理沙が入園式の椅子に座った時の子供たちの衝撃はとてつもないものであった。
(え、あの子、同い歳なの?)(お姉さんがどうして座っているんだろう? 言った方がいいのかな? でも怖いな)(すっごく大きい子がいる! 私ももっと大きくなりたいなあ)
 そんなどよめきの中で入園式が始まりを迎えた。
 
 理沙の身長は入園後も順調に伸びていった。成長期なのだから当然である。理沙常に周りの子よりも頭1つ2つ大きく、卒園する頃には135cmになっていた。小学6年生でも理沙よりも小さい子はいた。
 しかし小学校に入学した理沙は年に2、3cm程度しか成長せず、年々他の子に身長を抜かされていった。1年生で135cmであった長身の彼女も6年生になるころには147cmの平均身長となり背の順では、真ん中に立つようになっていた。4月の時点ですでにクラスには160cmの男子がおり、卒業時に一番背の高い女子は160cm、男子は170cmであった。そんな中で理沙の身長はたったの149cmであった。
 「昔はあんなに大きかったのに」と、理沙は友達や友達の親から。耳にタコができるほどに言われていた。小学1年生で135cmだった頃、理沙はよく自分よりも小さなクラスメートを、つまり友達全員を身長でよくからかっていた。
 しかし、今となって立場は完全に逆転した。年々相対的に小さくなっていく里穂をクラスメートらはいじるようになった。里穂は低身長にコンプレックスを覚えるようになり、ある時ぐぐんと背が伸びることを願うようになったが、現実はそうはならなかった。

 中学校に入学すると、女子の成長が止まる代わりに男子の成長が始まる。クラスですでに小さい方となっていた理沙は中学生になって、男子が成長期に入るに従い、かなりの小柄な女子となった。身長150cm、1年生であればそれほど目立たない低身長であるが、それから3年間理沙の身長はほとんど伸びることはなかった。
 1年生の時、クラスで1番小さかった男子は140cmだった。3年生になった彼は161cmにまで成長し、理沙を抜かした。理沙はそれがとにかく悔しくて、背を伸ばす方法について必死にネット検索をして、色々なサプリメントをためしてみたものの効果は全くでなかった。
 その一方で彼女は決して小食とか体が弱いというわけではなく、むしろ人一倍食べる女子であったし、球技の授業では積極的にボールに向かっていくような女子生徒だった。さらに成長痛と思われる関節痛も時々感じており、その度に理沙は身長が伸びると思ってうれしくなった。しかし、それでも中学生の間、彼女に成長期が訪れることはなかった。その一方で初潮が訪れることもなかった。
 
 自然の豊かさだけが取り柄の田舎町。幼稚園から高校までクラスメートの顔触れは変わらない。それは退屈なことかもしれないが、その一方でだからこその楽しみもあるという。
 高校生になった理沙は、1日に12時間以上の睡眠をとるようになった。それだけ長い睡眠をとっても、授業中にうっかり寝てしまうこともしばしばあった。友人に体の不調ではないかと心配されることもあり、理沙は実際に病院を受診したこともあったが特に問題は見つからなかった。
 その頃から、理沙の体に異変に現れ始めた。
 あれだけ願ってもほとんど伸びなかった身長が高校生になった途端、ぐんぐん、ぐんぐんと伸びだした。150cmだった彼女は、高1の夏休みを迎えるころには160cmになって女子の平均身長を抜かし、さらに2年生になるころには168cmとクラスで一番背の高い女子となった。
 理沙の成長はその後もとどまることを知らず、2年生の6月には170cmを突破し、夏休みが終わるころには180cmを突破した。クラスで一番背の高い男子は185cmであったが、3年生になるころには彼と理沙は肩を並べていた。
 幼稚園時代、クラスで圧倒的に背の高かった理沙はその後成長製図、低身長にコンプレックスを抱いた。しかし高校生になってようやく成長期が訪れ、理沙は再びクラス、いや学校最高身長の生徒となったのだ。
 185cmにまで成長した理沙は、成長痛や、毎月のように買い替える洋服など苦労するところも多かったが、それ以上に理沙は感激に溢れていた。再びクラスのみんなを、いや街の今となっては町の人々を見下ろせることに喜びを感じていた。
 185cmになった理沙の成長は未だとどまらず、夏休みを迎えるころには190cmを突破した。ある日、理沙はぼそりとこんな独り言をつぶやいた。
「……世界一になってみたい」
 空を見上げれば、どこまでも高く続く青空がそこにある。どんなに大きくなったところで、空に手が届くことは物理的にあり得ないだろう。しかし、理沙はいつしかそうなることを望んでいる。今後もぐんぐんと成長していき、日本を、そして世界を見下ろす日を夢見て心を躍らせていた。

創作メモ

リクエスト原文:「原文:私は願い事のような作品が好きです。それに似た希望ですが主人公のクラスで圧倒的に大き子が周りが急成長してまさかの一番ん小さい子になってしまって悔しくて頑張って背を伸ばしてもう1度1番大きい子になつという作品はできるでしょうか?」
台詞が少なく、淡々とした作品になってしまいました。似たアイデアで、もっと成長描写を多くしたものを書いてみたいな。