ネットで出会った超高身長少女の話
僕が彼女と出会ったのは、もう2年も前になる。SNSでハッシュタグ『高身長女子』として検索していた時、中学3年生にして自称188cmの女の子を見つけてフォローし、ある日フォロバしてもらったのを機にDMを送り、それ以来何かと話題を見つけてはやり取りをするようになった。
今、僕は自分より4歳年下の、高校2年生になった彼女に数学を教えている。
「ベクトルBは、AとCに分解できるから。それで、えーと……」
手元をスマホのカメラで映してもらい、彼女がノートの上で問題解いていく様子を僕が逐次コメントする。彼女はシャーペンを手で『包み込む』ようにして持ち、『大きく』丁寧な筆跡で問題を解いていく。
「それは正しいけど、今はDとEに分解した方がいいよ。Dは不変だから、Bの変化はEの変化に置き換えられる。すると……」
「ん? ……あっ、わかりました! こういう事ですね!」
彼女は消しゴムを『摘まんで』、計算式の一部を修正する。それからコップを『摘まんで』、口に紅茶を含み、計算を再開した。
彼女が黙々と答案を作成している間、僕は自分のシャーペンを握り、消しゴムを持ち、マグカップを手に持った。彼女の使っているものと同じと思われる製品が、僕の机の上にもあり、僕はそれを触ることで彼女の手の大きさを実感しようと試みた。自分が持っているものと比べて、画面の向こうにある彼女の使う製品群はどれも小さく見える。それは言うまでもなく、彼女の手がそれだけ大きいからに他ならない……と、僕は信じたい。
しかし、もしかしたら凝った演出なのかもしれない。カメラレンズの歪みによる錯覚のせいかもしれない。そんな疑念を、僕はどうしても払うことができない。
どうしてこんなことをするのかと問われれば、恥ずかしながらも、僕がそういう性癖の持ち主であるからと告白しなくてはならない。……僕は高身長フェチなのだ。出会った当時中だった彼女は身長188cmを自称していた。高2になった今、彼女の身長は193cmになったらしい。それが本当であれば、僕はSNSという情報の大海で理想の女性と出会えたということになる。仮に、彼女の証言が本当であれば、の話だが……
女子と仲良く話せるだけでよいではないかと、度々思う。……いや、女性という確証も実はない。顔や戸籍を見たわけではないのだから、もしかしたらボイスチェンジャーを使った男性かもしれない。しかし、気の合う友人ができただけで良いではないかと良く思う。実際、彼女と出会えて僕は良かったと思うチャットの文章はいつも穏やかで優しいし、声も可愛いし、話していて楽しい。たとえ彼女が男性であったとしても、別にそれはそれで良いと思う。
しかし僕はフェティストとして、どうしても彼女の本当の身長が気になるのだ。彼女(もしくは彼)が自己申告した身長や性別が嘘であっても、僕はネットはそんなものだと諦められる。が、もしも本当だったら、なんて考えると性欲が暴走して頭がおかしくなりそうになる。
「……これで合ってますか? 論述、変じゃないですか?」
ハッとして、僕は手元のシャーペンからパソコンの画面に目を移し、ノートに書かれている文章を素早く読んだ。「うん、良いと思うよ!」
「よかったぁ! 無事に宿題終わりました。どうしましょ、何かお話でもしますか?」
彼女はカメラを切って手元配信をやめて、僕らは雑談を始める。ありきたりな世間話に始まり、好きなVtuberや音楽の話など、色々な話をする。正直僕は、世間のニュースにも音楽などの娯楽にも疎いのだが、彼女と話すためだけに知識を身に着けた。僕は理系の大学生であるが、彼女に勉強を教えるために苦手な歴史も勉強した。
……いま、僕は彼女に恋をしている。彼女にネット上ではなく、学校とか塾で出会えたら良かったのにと、何度思ったことだろうか。別に身長だけが目的ではない。彼女の人柄とか、知性とか、温かみとか、それらの人間的魅力を総合して好きになった。彼女が実際にどういう容姿の人であろうと、僕が彼女が好きであるという事実は消えない。しかしながら、フェティストの性として、どうしても身長を気にしてしまう。何度嘆いただろうか、『性欲なんてなかったらよかったのに』……しかし嘆いたところでどうしようもないのも事実である。そこで僕は自分自身の性質を受け入れることにした。
彼女が話してくれた情報が果たして本当であるかを、徹底して調べることにした――
「今日は物理でお願いします。角速度っていうのを習いました」
カメラが起動して彼女の手が映り、丁寧な線でゆっくりと大きな図を描き始める。
「円運動の速度と加速度の式はこうで、張力をTとして、静止しているから合力が0で……」
ノートの上に手を浮いた瞬間、僕は配信画面のスクリーンショットを撮った。B5のノートの縦の長さは25.7cmであるから、ピクセル数をカウントすることで彼女の手の大きさを大まかに調べることができる。目測で20cm以上あることは大体分かるが、きっちり計測してみる。……やっていて、自分でも自分が気持ち悪いと思う。しかしこれが自分なのだ。ここまでしないと、気が済まないのだ。
「えーと、運動方程式をx軸とy軸でそれぞれ立てると……あれ、合ってるかな?」
彼女はシャーペンをぎゅっと握った。勉強で詰まった時によくやる癖だ。そこでもスクショを撮る。実のところ僕はこのために、わざと口数を少なくしていた。彼女の使っているシャーペンはドクターグリップだが、長さが14cmある。このスクショによって、彼女の手の横幅の大きさが精度よく測定できる。
「うーん、物理って正直なんかよくわからないんですよね。数学じゃないのに、計算して、カイシャクとかして……あれ、聞こえていますか?」
「あ、うん! 聞こえてるよ。まあ、習うより慣れろ、みたいなところあるよね」
「いつか慣れるのかな……あ、ミスった。消しゴム消しゴムっと」
画面左上の見切れた場所にあったらしい消しゴムを取る。一瞬だけ、彼女の腕が関節まで見えた。制服のような服装だったことに、いま気が付いた。Yシャツの袖はやや短くて手首が見えている。それは前々から知っていたが、上着の袖がYシャツのよりもさらに5cmほど短いことにいま気が付いた。
「あれ? もしかして、制服着ているの?」いつもならこんな質問は絶対にしないが、今は思い切ってしてみる。
「あーはい。なんかそっちの方が集中できるんですよね」
「うん、分かる。ところで、部屋暑いの?」
「いえ、特に……なんでですか?」問題を解く手を止めて、彼女が聞いてきた。僕は焦って話を逸らそうと努めた。
「袖まくりしているように見えたから、そうなのかなって。ごめん、関係なかったね。気にしないで!」
「袖? あー、何ていうか……袖が短くなっちゃったんです! えーと角度をθにして。ギリシャ文字も少し苦手なんですよね。ωとwとか、手書きだとそっくりになっちゃって」
「まあ、慣れだよ慣れ」
彼女が話しながら問題を解いている間、僕は適宜スクショを撮りながら分析し、気づいたことを記録した。良心の呵責を何度も感じたが、どうせ一時の迷いに過ぎないだろう割り切って僕は続けた。実際、夜になればこの記録を使うことも十分に考えられるのだから。
「終わったー……なんかすごく疲れました。今日はこの辺でバイバイしますか?」
「うん、お疲れ様。ゆっくり休んでね!」
「今日もありがとうございました。では、切りますね」
映像が一瞬暗くなり、また明るくなる。そこには眠そうな目つきで眼鏡をかけた女性の顔が映っていた。
「ん?」目をパチッと見開いた女性は、数秒後に状況を察して慌ててカメラを隠す。
「なんか、インカメにしちゃったみたいです……あの、見えましたか?」
「……うん」心臓をバクバクさせながら僕は答える。さっきまで女性か否かすら疑っていた自分だが、数秒間カメラに映った卵型の女性的な顔つきと長い髪を見て、その疑いが杞憂であったことに安堵し、同時に突如として発覚した事実に感激と戸惑いで体が震え、緊張で胸が痛くなった。
「あの、どうでした?」
「え?」
「あ、いえ……もう解散しましょう! ありがとうございました!」
一方的に通話が切れる。僕は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。まだ心臓がドクドクいっているのがわかる。脇に汗が流れるのを感じる。僕はもう一度深呼吸をした。
彼女との通話が終わって数時間が経ってから、僕はパソコン上で今日の写真を開き、分析を始める。その結果、彼女の手の大きさは手首から中指の端までが23.4cm、親指を含まない横の長さが9.8cmという結果が出た。これはB5ノートよりも一回り小さいだけのサイズだ。僕は、自分のノートの上に手を重ねてみてその大きさを実感してみる。下半身が熱くなるのを感じた。
しかしその途端、僕の頭に一つの疑念がよぎった。彼女が使っているノートはA5なのではないか。A5サイズの縦は21cmなので、そうであれば普通の手の大きさである。またシャーペンの種類も自分が想定しているのと異なっているのではないか、との疑問もあった。つまり、最初の仮定に対する疑いが出てきた。
しばらく考えてから、僕はパソコンをサインアウトしてベッドに寝ころんだ。結局会ってみないことには何もわからないのだ。いつか会えるといいな、なんて夢みたいなことを考えながら、僕はさっきの計算結果を思い出してそういう行為を始めた――
彼女が高校3年生になり、僕は大学4年生になった。僕らの関係はあれからも続き、時間に比例して仲は親密になっていった。月に数度、ビデオ通話で顔を合わせて話すようになった。さすがの僕も今となっては、彼女が女性であるとの疑いは持っていない。身長への疑いは持ち続けているが、半分くらいどうでも良くなった。
彼女は高校を卒業したら実家のレストランを継ぐらしく、その修業をしながら最後の学生生活を楽しんでいると言っていた。一方僕は就職活動をした。本当は修士課程に行こうと思っていたが、ある時学問よりも社会に興味を抱き、彼女の住む地域に雰囲気の良いメーカーがあることを知って、就活に踏み切ったのである。……というのは建前で、彼女に会いに行くための口実作りに過ぎない。それくらい僕は彼女という人間に心酔してしまったのだ。
今、僕らはビデオ通話で、オフで会う日程を調整している。ここ1年で見慣れた、彼女の女性的でかわいらしい部屋の中で、目を輝かせながら僕を画面の奥から見つめてくれる。
「じゃあ、いつ来てくれるんですか?」
「時間は作れるからいつでも大丈夫。平日でも休日でも」
「休日はレストランのお仕事があるので、平日がいいです……水曜日はどうですか? 定休日なんです」
「うん、いいよ。じゃあ今度の水曜日に行くね」
「了解です!」
彼女は画面外から手帳を取り出して、それに書き込む。4月から社会人となるに先立って購入したらしい。A5サイズの手帳はかなり大きめの部類に入るが、手の手が大きい彼女には丁度良いらしい。実際、彼女がそれを持つとまるで文庫本を持っているように見える。
「じゃあ、水曜日の13時で。いやぁー、楽しみです!」
「駅前で待ち合わせだよね。当日は、服装とか教えた方がいいかな?」
「いえ。私、デカいからすぐにわかりますよ。……190cm以上ある人なんて、男性含めても多分私だけですよ。クスクス――」
ニヤニヤと、悪戯っぽい微笑を浮かべて彼女は答える。僕もそれに笑顔で答えた。僕の性癖についてはあるタイミングで告白済みであるし、向こうも最初から何となくそれを察していたらしく、幸せなことにすぐに受け入れてもらえた。
ああ、水曜日が楽しみで仕方がない。僕はまるで修学旅行を控えた小学生のように、その日が来るまでの時間を終始心をときめかせながら過ごすのだった。
新幹線に2時間ほど乗って、僕は彼女に会いに行った。ネットで出会った人と会うというのは初めてのことで、僕はそういう意味でも緊張していた。しかし何より、彼女の本当の身長がわかるというので常に興奮していた。
もしも嘘であれば、僕は7年間騙されていたことになるが、そんなことはもうどうでも良かった。それでも僕が彼女に対して抱いている好意は変わらない。ただ……やっぱりフェティストの性として、本当の身長が知りたくて仕方がなかった。普通身長の女子なのか、本当に190cm以上あるのか。その真偽に興味があった。
新幹線が駅に到着すると、僕はキャリーバッグを転がしながら出口を目指し、電車に乗り換えた。田舎の電車が1時間に1本くらいしかないというのは本当らしいことに気が付いた。急いでも仕方がないのに、僕は自然と早歩きになった。一刻も早く、彼女に会いたくて会いたくて仕方がなかった。約束自体嘘かもしれないとの疑念が時々湧いたがどうでも良かった。嘘なら嘘で、今までの付き合いが全て偽物であったことがわかるのだから、執念が断ててむしろ清々しい気持ちになれると思った。
長い時間電車に揺られて、待ち合わせした駅を降りる。心を落ち着かせ、何が起きても動じないよう冷静になって、僕は入り口に向かった。
……大きな人影が見えた。ベージュのセーターに薄ピンクのスカート、黒いスニーカーという地味な格好の女性がいた。ビデオ通話をする時、彼女がよく着ていたセーターであった。そういう細部に目が行ってから、僕は彼女がとてつもない長身であることを確認した。実際には最初からそれに目が釘付けになっていたが、わざと後回しにして自分の見間違いでないことをゆっくりと確認した。
小さな駅と言ってもそれなりの人が利用している。誰もが彼女の長身に目を奪われていた。一方彼女は、そんな人々の目線など気にしていないとでも言わんばかりに、辺りをキョロキョロしていて、とうとう僕を見つけた。僕が小さく上目遣いに会釈をすると、彼女はにこっと微笑を浮かべた。ビデオ通話では彼女を妹みたいに思っていたのに、今はまるで自分が弟になったような気持ちだ。
「こんにちは」彼女の後ろから、これまた背の高い女性(とは言っても、彼女よりも頭1つ以上背が低い)が姿を現して頭を下げる。僕も彼女もそれにつられてお辞儀をした。「遠い所、お疲れ様でした」女性のその台詞をきっかけに、僕らは互いに自己紹介をした。
その女性は彼女の母だった。お母さまも身長が180cmあるようで、170cmの僕に目線を合わせて軽く腰を曲げて、彼女にそっくりの微笑を浮かべながら僕を車まで案内してくれた。180cmのお母さまと、それよりも頭一つ背の高い彼女……僕の頭に疑問符が浮かぶ。彼女の身長は、193cmと聞いていたが――
「えーと、とりあえず、初めまして、でしょうか?」車が発進してから、隣に座った彼女が僕を大きく見下ろしながら、首を小さく傾げる。天井の高いワンボックスカーであるが、彼女の頭はその高い天井に届きそうだ。
「はい、初めまして。会えて嬉しいです」ビデオ通話ではため口だったのに、今は自然と敬語になる。
「私も! やっぱり、すぐにわかりましたか?」
「はい、一目で」
「ふふふ。だって、190cm以上ありますから、くすくす……」
例の悪戯っぽい笑みを浮かべる。やっと、彼女の意図が分かった気がする。僕は勝手に彼女の今の身長が、昔聞いた193cmであると思い込んでいた。しかし、最近の彼女は自身の背を190cm『以上』と話していた。具体的な数字について、何も語っていない。
「あれ、身長って193cmだったような?」
「ん? あー、それはたぶん高校に入学した時の数字ですね。そっか、それから話していなかったかも。その後、結構伸びちゃってぇ」
「ホント、余裕持って作った制服がすぐ小さくなっちゃってねぇ」運転しながらお母さんが口を挟む。
「新しいの買ってくれなかったので、3年間つんつるてんの制服を着ていました」
「しょうがないでしょお、制服は3年しか着られないくせに高いんだもん。いくらかかると思ってんのよ!」
「それで、今は何センチあるんですか?」
我慢ができなくなって、僕は質問してしまった。さっきまで、身長なんてどうでもいいと思っていたが、撤回する。僕は高身長女子が好きだ。身長だけで好きになることはないが、好きな人が高身長だったら頭が狂うほどに大好きになってしまう。僕はそういう男だ!
「この服作る時に測ったら、209cmでした。でも、また伸びたかも……お洋服作り直すの大変なので早く止まってほしいんですけど」
『もっと伸びてよ』なんてさすがに言えないが、それが僕の本心だった。興奮で頭がぐちゃぐちゃになっていくのがわかった。僕は急いで話題を変えようとした。
「ところで、すみません。今はどこに向かっているんですか?」
「私たちの実家ですよ」お母さんが微笑を浮かべながら言った。
「レストランなんですよね?」お母さんとの会話で、頭が冷めていくのを感じる。
「レストランもやっているけど、旅館もありますよ。この辺りで泊まれるところはウチくらいしかないからねー」
車に乗ってもう5分くらいが経過しただろうか。今になって僕は初めて、いま自分が置かれている状況がかなり危険であることを理性で理解した。ネットで出会った人と会い、その親族を名乗る人の車に気が付いたら乗っていて、知らないところに向かっている。
しかし、もうどうでもよかった。僕は幸せの絶頂を味わっていた。こんな幸福、この機会を逃したらもう二度と味わえないだろう。僕はなんとなく彼女の顔を見上げて、微笑んだ。彼女は不思議そうに首を傾げてから、微笑を返してくれた。辺り一面が畑の道を車で走りながら、僕らはそんなことをしていた――
その後のことは手短に話そう。彼女の実家には大きな身長計があって、僕はそれで彼女の最新の身長を、自分の手で測った。脚立を使って目盛りを読むと210.2cmだった。210cmを突破して、18歳で成人しても成長中の彼女を前にして僕は失神しそうだった。僕よりも40cmも背が高くて、小顔で胸は普通かやや大きめでスタイルが良く、セーターとフレアスカート(横から見ると台形の形をした、広がったスカート)がよく似合った。スタイルだけを見ると特別背が高いようには見えないが、目の前に立つととても大きく、そびえ立って見える。僕よりも40cmも背が高くて、抱き着くと額から上が胸に覆われた。子供に戻ったような気分になれるが、実際の彼女はむしろお茶目で悪戯好きで、そのギャップが僕の庇護欲を刺激した。
その後の僕らの関係については、そのうち機会があったら書いてみたいと思う。今はとりあえず、ここで筆をおきます。読んでくださりありがとうございました。
-FIN
創作メモ
推理小説みたいにしてみたかった。ネットで出会いを探す長身フェチ男の心理を細かく描いてみました。楽しんでいただけましたか? 私は久々に、「書いてよかった」と思える作品がかけて満足です。