梨緒さん

 某地方でのみ放送されているとあるローカル番組には、平日のお昼に、地元のちょっとスゴイ人を紹介するコーナーがある。どの放送局でもやっているような定番のコーナーだ。
 定刻になると司会者がそれまでの話題を打ち切り、コーナーが変わったことを宣言する。

司会「それでは次のコーナーです。えー、本日頂いたお便り。県内在住の24歳の女性からです。『私の友達の身長がとても高いです。たぶん想像しているよりも二十センチメートルくらい高いです。顔はどちらかというと童顔なので、その意味でも会ったらびっくりすると思います。当日に驚いてもらうためその子の身長は秘密で』とのことです」

 司会はそこで一息ついて、次の台詞を読む。

司会「予想より二十センチメートル高いってことですがー。女性だったら一七〇あれば高いけれど、それだとしたら一九〇センチ?だとしたらすごいですよねー?」

 スタッフがわーっと盛り上がる。そのように指示を出されていた。

司会「いったいどのようなスゴイ人だったのでしょうか。本日はなんとご本人がスタジオに来てくれました。お名前は『梨緒さん』とのことです。梨緒さーん、どうぞお入りください」

 スタッフのパラパラとした拍手に迎えられて、梨緒さんがスタジオに現れる。キャスター付きの椅子に座った状態で、体を大きなマントで包まれた状態で、スタッフに後ろから押されて運ばれてきた。

司会「梨緒さん、こんにちはー。わざわざスタジオまで来てくださってありがとうございます」
梨緒「はい!えーと、初めてのテレビで、とても緊張しています。こちらこそ、今日はよろしくお願いします」

 梨緒さんはニコニコしながら、一言一言ゆっくりと言葉を発して会釈をした。司会は彼女に微笑みかけ、会釈を返した。顔立ちは若く、高校生と言われても納得できるくらいである。司会は先ほどのお便りを思い出して、友達から童顔と言われていることに納得した。

司会「はい、よろしくお願いしますー。えー、こんな風に出てきてもらって最初から身長を聞くなんてのはつまらないですから、それは後のお楽しみにしましょう」

 スタッフが大きな声で笑う。梨緒さんもつられてニコニコと白い歯を見せながら笑っていた。

司会「えー、いつごろから背が高かったんですか?」
梨緒「そうですね。昔からだと思います」
司会「昔から。幼稚園とか小学生の頃から?」
梨緒「はい。確か小学六年生の時に一八〇センチになったのを覚えています」
司会「小六で一八〇?」

 司会は驚く。台本があったわけでも演技でもなく、素で驚いた。スタッフも、カンペで指示されていないにも関わらずちらほら声が漏れた。

梨緒「はい。父をより身長高くなって、色々な人に驚かれたので覚えています」
司会「お父さんは一八〇センチなんだねー。お母さんは?」
梨緒「詳しい数字は知らないですけど、たぶん、一六〇くらいです」
司会「へー。身長が高くて、困ったこととかありますか?」
梨緒「そうですねー……洋服は困っているかもしれないです」
司会「サイズがないとか?」
梨緒「いえ、いつも注文して作るので、それは大丈夫なんです」
司会「注文?」
梨緒「はい。採寸して、オーダーメイドしています。既製品はやっぱり小さくて」
司会「なるほど、つまり特注ですか。お金、かかりませんか?」
梨緒「えーと、少し高くなります。生地が多くなるので、仕方ないですけど。あと、デザインがあんまりなくて」
司会「女性はそういうお悩みもあるんですね。私も一八〇あるんですけど、Lサイズを買うとたまに肩幅が窮屈だったりします」
梨緒「はいー。お洋服はいろいろ、難しいですよね」

 梨緒さんはゆったりとした口調で、マイペースに受け答えする。ニコニコと笑顔を絶やさない梨緒さんと話しているうちに、司会の男も段々と笑顔が増えてくる。
 時計をちらりと見て、そろそろ具体的な身長を突っ込んでも良いかと思った。司会は梨緒さんと話しながら身長を予想しており、一八〇から一九〇くらいだろうと思い、リアクションの準備をした。
 その時梨緒さんが「あ!」と声を上げ、司会は瞬時に口角を上げて彼女を見る。

司会「どうしました?」
梨緒「今日来るとき、電車が小さくて、困ったのを思い出しました」
司会「ああ、ドアに頭をぶつけるとかですか?」
梨緒「それもありますけど、なんか、全体的に小さいなって」
司会「全体的?」
梨緒「はい、天井が近いなって。めったに使わないので、感覚を忘れていました」
司会「天井ですか……。広告とか、つり革とかが邪魔なのはわかりますが」
梨緒「あー、それもありますね。あと、つり革がかかっている棒とか」
司会「棒……ですか?」
梨緒「はい。うまくくぐって避けながら移動するの、大変でした」

 司会は首を傾げる。彼女が想定している状況がいまいち分からず、混乱した。しかし時間のこともあるので次の場面を作ろうと気持ちを切り替える。

司会「……なんだか、いまいち状況がわかっていませんが、一体どれほど背が高いのでしょうか。そろそろはっきりさせましょう。それでは梨緒さん、マントを脱いで立ち上がってください」

 司会はカメラ目線で話しながら、梨緒さんの方へとゆっくり向かう。梨緒さんは、はにかみながら事前に言われていた通りマントを広げて椅子の後ろに落としてしまう。司会の男性は、露わになった彼女の座った姿を見てぎょっとした。想像よりも椅子はかなり低く、体育座りのように長い脚が折りたたまれていた。
 そして梨緒さんはゆっくりと、重心を移動させながら立ち上がった。司会は口をぽかんと開けて彼女を見上げた。予想よりも頭一つほど背の高い梨緒さんの姿が、彼の前にあった。目の前には彼女の胸があり、スタジオにある鏡を見ると、自分の背丈が彼女の肩までしかないことに気が付く。彼自身も、一八〇センチメートルの高身長であるにも関わらず。
 梨緒さんは相変わらずニコニコしながら、司会を見下ろした。しかしその印象はさっきまでとは全く異なり、ライトを遮るほど大きな彼女を前にして司会は怖くなった。しかしプロとして、陽気な司会を演じた。

司会「うわー……身長、高いですねー!」
梨緒「ふふ。はい、みんなに言われます」
司会「いくつあるんですか?」
梨緒「絶対聞かれるんですけど、覚えてないんです。ずっと測ってないですし」
司会「そうなんですか……せっかくなので測ってみましょう」

 司会の合図で、スタッフが身長計を持ってくる。梨緒さんの隣に、梨緒さんと並ぶくらいの高さの身長計が用意された。台本に書かれていた通りの演出であったが、用意した身長計で高さが足りるか、司会はその光景を見て不安になる。
 本来は時間短縮のため、靴のまま乗ってもらう予定だったが、急遽脱いでもらうように指示する。

司会「ささ、どうぞ靴を脱いでから乗ってください」
梨緒「えー、何センチなんだろう」

 梨緒さんはスニーカーを脱いで、身長計の上に乗る。女性らしい白いスニーカーであるが、その巨大さに司会は思わず目を奪われた。そして、身長計の上に立つと少しばかリ台座から足がはみ出る。
 梨緒さんは背筋をすっと伸ばす。幸い、測定できるくらいの余裕はあった。脚立などは用意していなかったため、司会は手を上げて背伸びして、カーソルをゆっくりと下ろした。

司会「二一一・三センチメートルです」

 スタッフが声を上げて感嘆する。収録とか関係なく、純粋に驚いていた。
 しかし当の梨緒さん自身はあっさりしていた。

梨緒「あ、そうだったんですね。今度誰かに聞かれたら、言ってみます」
司会「本当に自分では知らなかったの?」
梨緒「はい。そんなに身長の数字とか気にしたことなくて……」
司会「そうですかー。先ほど電車が小さいと言っていましたが、やっと意味がわかりました」
梨緒「はい。なんか、アスレチックみたいに棒を避けました」
司会「そんな感じになるんですねー」

 司会は彼女の足元に目を落とし、下から上まで視線を動かす。お便りにも書いてあったが、顔立ちに対して身長がアンバランスに高く、話しているうちに彼女が本当に二一〇センチメートルという規格外の高身長であることを忘れそうになった。そしてもう一度視線を降ろして、最後に足を見て指さした。

梨緒「そういえば、足も大きいですよね」
司会「はい、よく言われます」
梨緒「何センチかとか、覚えていますか?」
司会「三十一です。靴は、オーダーじゃなくてネットとかで買います」
梨緒「大きいですねー。先ほどこちらで身長を測ってもらいましたが、足が台からはみ出ているのを目撃してしまいました」
司会「あ、見られていたんですね。階段とかでもあんな風になるので、たまに踏み外しちゃいます」
梨緒「なるほど、そういうお悩みもあるんですね」

 司会と梨緒さんの間で話が盛り上がる。彼女の表情は最初の頃とは違って、自然で柔らかいものになっていた。スタッフが司会に合図を送る。そろそろコーナーが終了するという合図だ。司会は腕時計をちらりと見て、カメラの方を見る。

司会「えー、だんだんと暖かくなってきたところではありますが、残念。そろそろお別れのお時間がやってまいりました。梨緒さん、本日はありがとうございました」

 司会は梨緒さんを見上げた。梨緒さんはニコニコしながら会釈をした。
 番組の安っぽいロゴが左下に表示されて、司会と梨緒さんの頭一つ半くらいの身長差が最後にフェードアウトする形で映されて、番組が終了した。
 某放送局のローカル番組で放映されたもの。人目を惹くような企画でもなく、ネットにもいちいち記録として残らない。一部の人に曖昧に記憶されるだけの、どこにでもある普通の番組の普通のコーナーであった――

創作メモ

短編集の書き下ろし2作品目です。こういうテレビ企画が好きです。昔、某掲示板でTNTさんという方がよく投稿してくださり、楽しませて頂いたのを覚えています。
短編集では、全体を3部構成として、人物の身長で区切っています。
1. -210cm: 駅とかで見かけるかも
2. 210cm-240cm: TVで見かけるかも
3. 240-; 知る人ぞ知る
といった具合に設定しています。無論、世界一背の高い女性は215cmのトルコ人の方ですので、これは男性も含めてのイメージになります。裏話をすれば、最初は20cm低く設定していたのですが、そのような作品がほとんどなくこのようにしました。(続く)