想いのチカラ
私がこの特異な体質に気がついたのは、小学3年生の時です。当時の私は同じクラスの男子に恋をしていました。彼のことが好きで好きで、遠くからは眺めては、恥ずかしくなって目をそらして、何かがある度に積極的に話しかけていました。そんな時、私の体に異変が起こりました。彼のことを見れば見るほど、私の背がにょきにょきと伸びていく気がしたのです。その後彼は遠くに引っ越してしまい、私の恋は終わりを告げました。いなくなった後も何ヶ月かは彼のことを想い続けましたが、身長が伸びるということなくなりました。
小学生なので毎年5cmほど身長が伸びていたのですが、その年にはなんと11cmも伸びていました。私はこれを境に、好きな人を見ると背が伸びるという特異な体質を自覚することになりました。そして同時に、私は大人になるまで恋はしないと、心に決めました。女の子は小さいほうがかわいいというのは、私達の常識です。背の高い女の子は、男子に避けられ、悪口を言われてしまうことはよくあります。長身はモデル体型と言う人がいますが、背が高いだけでは、何の魅力もないと思います。
厄介な私の体質ですが、大人になって成長期が終わる頃には、消えてなくなってしまうでしょう。それまで、私は恋をしない、好きな人ができても、彼を見ないと、心に決めました。しかし・・・・・・一度芽生えてしまった感情を収めることは、中々できません――
中学生になり、私は手芸部に入部しました。2年生の先輩が2人だけの、小さな部活です。手芸は初めてでしたが、私は先輩に優しく手ほどきされながら、手芸を楽しみました。
手芸部の部室、被服室は1階の隅にあります。窓には校庭が広がり、そこでは運動部が活動しています。手芸部は火曜日と金曜日に活動し、その日の校庭はサッカー部が活動しているので、部室からはサッカー部の活動が見られます。私は手芸をしながら、サッカー部をなんとなく眺めていました。するとある時、ひときわ背の高い、笑顔の素敵な男性部員に目がいきました・・・・・・私はその人に一目惚れをしてしまいました。どうしてその人を好きになったのか、私にはわかりません。好きに理由なんてありません。ただ、なんとなく校庭を見ていて、なんとなくその人に目がいって、なんとなく、その人を好きになってしまったのです。
その人に一目惚れしてから、私は作業中に、ついついその人に目がいってしまうようになりました。見てはいけないと思いつつも、まるで磁石が鉄を吸い寄せるように、私の視線は、その人のほうに寄せられてしまうのです。
そしてある日、作業をしながら、彼の方をチラチラと見ていたら、急に山本先輩が話しかけてきました。
「ハルちゃん、誰見てるのー。あ、もしかして鶴田くん? あの背の高い男子」
「えっ! あっ、いや、誰を見ているというわけでは・・・・・・」
私は必死に弁解をしましたが、山本先輩はニヤニヤしながら、私の赤くなった顔を見ていました。
「いやー、ハルちゃん顔に出るから分かっちゃった! 鶴田くんかー、まあ、見た目はいいよねー」
山本先輩は、その鶴田さんについて、色々と教えてくれました。小学校が一緒であること、昔から背が高かったこと。しかし、女子にはあまり人気がないことなど。
「鶴田くんはねー、なんか自分よりも背の高い女性でないと、恋愛対象にならないんだってー・・・・・・あはは、なんか変わってるよねー」
山本先輩は、少し悲しそうにそう言いました。そして、遠い目をして、鶴田さんのことを見つめます。
「なんかその性癖聞かされちゃうと、色々幻滅しちゃうよねー」
横から田町先輩が入り、それからは3年生同士のおしゃべりになります。鶴田さんの性癖について色々と話されているのを側で聞きながら、私はじっと、鶴田さんのことを見ていました。今までの遠慮を取り戻すつもりで、私は鶴田さんのことを、穴があくほど見つめました。この人こそ、運命の人だ。私は直感で、そう感じました。
好きな人を見つめるほどに背が伸びるという私の体質は、中学生になってからも健在だったようです。この1年間で私の身長は20cmも伸びて、170cmになりました。学校の女子で一番背が高いです。鶴田さんよりはまだまだ小さいですが、そのうち抜かせると私は信じています。
当然のごとく、周りは私の陰口を叩くようになりました。手芸部の先輩方も例外ではありません。表向きには私の長身をモデルみたいと褒めてくれますが、裏では私の悪口で盛り上がっているようです。お世話になった先輩にそのように言われるのは悲しいですが、鶴田さんのためであれば、私は頑張ることができます――
ある日の部活の帰り、私はお母さんの頼みでスーパーにお使いに行きました。お使いはたまに行くのですが、午後5時半頃は一番混む時期で、私は人の波を縫いながら、お使いをしていました。そして、生鮮食品コーナーで買い物をしていたら、聞き覚えのある声がしました。
「ともこー、ホッケあるかー」
「こっちにあったよー」
私は反射的に周りを見渡して、鶴田さんを見つけると、恥ずかしくて隠れてしまいました。そして、棚の影から鶴田さんを見て、私は目の前が真っ暗になりました。鶴田さんが『ともこ』と呼んでいた女性は、私よりも10cmくらい背が高く、また鶴田さんと仲良く、時に笑いながらお買い物を楽しんでいました。3年生にあんな人はいませんし、私よりも背の高い女性じたい、ほとんど見たことがありません。
私はその日、お使いを済ませて家に帰ってから、夜ご飯を食べることなく、眠ってしまいました。あの女性はきっと、鶴田さんの許嫁で、幼いことから婚約を交わしていたのでしょう。そして、鶴田さんの、自分よりも背の高い女性が好きというものは、婚約者の手前、女性を避けるための口実なのでしょう。鶴田さんに好かれようと頑張ってきたこの1年は、全てムダだったのでしょうか――
鶴田さんに失恋してから、初めての部活です。私の学校には仮入部という制度があり、1年生は部活を決める前に、それで体験します。私は2年生として、部活の勧誘に乗り出さなくてはいけないのですが・・・・・・昨日の今日で、気が乗るはずありません。
「ハルちゃん、大丈夫? なんか元気ないけど・・・・・・」
机にうつ伏せになって本をぼーっと読んでいたら、山本先輩が声をかけてくれました。私は無理やり笑顔を作って、応えます。
「大丈夫です。ちょっと眠いだけで」
「そう、ならいいけど」
そう言って山本先輩は田町先輩の方に戻り、おしゃべりを再開します。先輩は3年生、受験生です。進路の話で盛り上がっています。私も来年は受験かあと、なんとなく思いました。そして本を読もうと試みるも、内容が全く頭に入らず、ついに私は机に伏せてしまいました。
「・・・・・・すみません」
ドアの開く音がし、女の子の声がしました。仮入部の1年生でしょうか、私はだるそうに、そちらを振り向きました・・・・・・女の子を見た瞬間、私は思わず目を見開きました。昨日スーパーで見た、鶴田さんと一緒にお買い物をしていた女性が、そこにいました。
「あ、あの。仮入部に来ました、1年の鶴田です」
彼女の苗字は鶴田。昨日は遠目で見たのでよく分かりませんでしたが、よく見てみれば、確かに鶴田先輩の面影があります。私はパッと目の前が明るくなるのを感じ、彼女のもとに行きます。
「ようこそ手芸部へ! お名前はなんて言うの?」
「つ、鶴田友子です。よろしくお願いします」
「友子ちゃんかー。背え高いね、いくつあるの?」
「えーと、180cmあります」
「おっきー! 私も170cmあるんだけど、抜かされちゃってちょっと悔しい。あ、こっち来て座って話そう! 手芸部ではね――」
その後、私は先輩として手芸部の活動について、友子ちゃんに話しました。友子ちゃんとはその日のうちに仲良くなり、部活がある日にはおしゃべりしながら作業して、下校時も途中まで一緒に帰るようになりました。そして、私の想いの人、鶴田友一郎さんについても、色々と教えてくれました。身長190.2cm、去年は182.3cmでそろそろ止まりぎみ。サッカーは小学生の頃からやっていて、高校もサッカーの強いところに行く予定。でもスポーツ推薦は通るかわからないから、夏休みから塾に通って勉強にも熱を入れる予定、などなど。
友一郎さんより背が高くなったら告白しようと決めていましたが、友一郎さんはいま3年生、受験生です。私が身長を追い抜く前に、友一郎さんは卒業してしまうかもしれないのです。それならば、今直ぐ告白をしたい。でも、友一郎さんの理想の体型になってから、告白したい・・・・・・
「ハル先輩は、そろそろ告白しないんですか?」
「うーん、したいけど・・・・・・したいけど、ちょっと」
「お兄ちゃん、夏休みからちょっと塾に通いますし、大会もあるんで凄く忙しくなりますよ。ハル先輩そのうちお兄ちゃんより大きくなると思いますし、いま告白しても問題ないと思いますけど」
友子ちゃんにそう言われましたが、やっぱり告白となると、どうも躊躇してしまいます。1度しかチャンスはないんです。それで振られたら、私はもう立ち直れないかもしれません。
「お兄ちゃんも多分、ハル先輩のこと好きですよ。180超えの女子なんて、私達くらいしかいないんですから」
5cmくらい高い位置からそう言われて、私は少し嫌になりましたが、確かに最近、友一郎さんとよく目があうような気がします。私を見て、微笑んでくれたこともありました。しかし、告白となると、中々勇気が出てきません。
「・・・・・・あっ! ハナ先輩、あそこに。おーい!」
友子ちゃんにつつかれて、私は顔をあげます。ドキンとして、私は飛び上がりました。友子ちゃんが手を振る先には、コンビニから出てきた友一郎さんがいます。私は緊張で、固まってしまいました。こんな話をしている時に、想いの人に出会うなんて・・・・・・
「この人、手芸部のハル先輩」
「ああ、いつも妹がお世話になっています」
「あ、はい。こちらこそ・・・・・・」
私達は会釈を交わしました。緊張して、汗が吹き出てきました。友一郎さんには、こんな私がどう映っているのか、ただそれだけが心配です。
「ねえお兄ちゃん。ハル先輩、お兄ちゃんに言いたいことがあるんだって」
「えっ! ちょっ、ともこちゃん」
「・・・・・・ど、どうかしましたか?」
「あ、いや・・・・・・」
私は深呼吸をして、興奮を冷まします。あまりゆっくりしていると、友一郎さんに迷惑です。私は呼吸を整えて、友一郎さんの方を見ます。やっぱり顔を見ると緊張してしまいますが、さっきよりはだいぶ、落ち着きました。
「あ、あの・・・・・・」
「はい・・・・・・」
友一郎さんも、顔を赤くして、私の方を見ています。友子ちゃんは隣で、ニコニコ笑っています。・・・・・・友子ちゃん、先に言ってくれれば良かったのに。でも、ありがとう。
「・・・・・・友一郎さん、あの・・・・・・えーと・・・・・・好きです」
そして私の恋は、幸運にも、成就しました――――
彼のことを考えるだけで、私は生命力にあふれ、そして身長がグングンと伸びだします。夏休み中、友一郎さんに会うことは当然できませんでしたが、私の想いは、身長の伸びとなって表れました。友一郎さんのことを想えば想うほど、友一郎さん好みのカラダになるのです。私はそれを、何よりも嬉しく思いました。
夏休みが終わり、40日ぶりに入った学校は随分と小さく感じました。教室に入るのにも、頭を軽く下げる必要があります。同級生はたいてい胸くらいの高さしかなくて、1番背の高い男子でも、私の顎の下に入ってしまいます。友一郎さんの頭は丁度目線の辺りにありました。
「ハル先輩、でかくなりましたね」
「えへへ、おっきくなったよー」
「私もめっちゃ伸びたのに」
友子ちゃんは夏休みに10cm伸びたらしく、195cmくらいになっていました。一方で私は20cm伸びたので、200cmになっていました。そして、友一郎さんの私を見る目も、変わりました。
「身長伸びたね、俺より大きい!」
「はい、大きくなりました!」
「なんか、好きな人を見るとってやつ、本当だったんだね」
「そうなんです。友一郎さんを想っていたら、大きくなりました!」
200cmの女子ともなれば、周りからバケモノ扱いされるものですが、友一郎さんだけは、そんな私のことを『かわいい』とか『素敵だ』とか言ってくれます。私達は恋人です。しかし、恋人らしいことが、許される時期ではもうありません――
夏休みが過ぎ、3年生は部活の引退を迎えます。部室には私たち2人だけになり、友子ちゃんとはいっそう付き合いが濃くなりました。メールアドレスを交換して日常的におしゃべりし、休みの日には近所の公園で会っておしゃべりすることもありました。もちろん、友一郎さんともメールで話すことはありましたが、受験生なので、私の方から控えました。
「ねー友子ちゃん、友一郎さん最近どう?」
「あー、スポーツ推薦通らなかったから、一般で頑張るって言ってました」
「あ、そうなんだ・・・・・・」
11月ごろ。スポーツ推薦が通っていれば、この頃には友一郎さんは受験から解放されていました。しかしそれは叶わず、会えない日々は、2月まで延長されることになります。
「メールする時間もないくらい、忙しいのかー・・・・・・」
「いや、単に言いづらかっただけだと思います」
「あ、そうだよね。でもなー・・・・・・」
その時、携帯が音を出して震えました。私は思わず飛び上がり、メールの送り主を確認して、もう一度飛び上がりました。
「と、友一郎さんから! 友一郎さんからメール来た!」
「ちょ、ちょっとハル先輩。人目が・・・・・・」
私は本文を開きます。それは、スポーツ推薦に落ちたという内容でした。推薦に落ちたのは非常に残念でしたが、友一郎さんの方からメールを送ってくれたことに、私の心は幸せで満たされました。私はすぐに、一般入試を励ますメールを返しました。そして、脱力しました。
「はあー、あと3ヶ月かあ、早く会いたいなあ」
「会ったら会ったで、トモ先輩、大変なことになるんじゃないですか? なんか今、若干大きくなった気がしますけど」
「え、そう? 大きくなったかなあ?」
私は肩を回してみました。しかし、洋服は大きめに作っているので、服が小さくなったのかは、よくわかりませんでした。
「うーん、どうだろう」
「ハル先輩って、のんきですね。どこまで大きくなるとか、不安にならないんですか?」
「うーん・・・・・・あんまり」
「はあ、羨ましいです。私はもうちょっとで200cm行っちゃうかなって、怖くて怖くて・・・・・・あ! 私、お母さんに夕飯の支度頼まれてたんだ。ちょっともう、帰りますね!」
「あ、うん。じゃあお開きにしようか」
私達は立ち上がり、別れます。心なしか、友子ちゃんが小さくなったように思えました。また一歩、理想の体型に近づいた。私はそう思いました。友一郎さんに会える3ヶ月後までに、できる限り自分を磨こうと、私は思いました――――
***
――――
――――
――繁華街の道中に1人で佇む女性に、道行く人々はみな目が釘付けとなっていた。
あどけない顔つきに対してアンバランスに伸びた胴体、そして手足。彼女の身長はおよそ200cmであり、日本人女性でこれだけの長身は極めて珍しい。
「でっけー」「なんセンチあんだよ」「男なんじゃねーの」
見知らぬ人からのそんな罵倒を聞きながら、当の本人である鶴田友子は、静かに心を痛めた。と同時に、近い未来の人々のざわめきを予想して、ひとり悦に浸っていた。
そして、周囲の人々の目線が自分から別の方に移るのを感じて、友子は小さく微笑みながら、そちらの方を向いた。
「友子ちゃんお待たせー、待った?」
「いえ、自分も今来たところです」
「そっかー、良かった。じゃあ、お買い物しようか」
「はい!」
道行く人は皆、その長身コンビに目が釘付けとなった。200cmの彼女の頭は、後から来た少女の肩くらいの位置にある。そんな超長身少女の名前は宮本春香。春香は友子の1つ先輩であり、現在中学2年生である。
春香にとって、200cm程度の店の入り口はあまりに低く、背中を曲げ、膝を曲げて、デパートの中へと入っていった。人々はその光景を、ただ呆然と眺めていた。
1時間ほどして、2人はデパートを後にする。時は3月、ホワイトデーが目前に迫り、街のムードもその色が漂う。春香は恋人である鶴田友一郎にチョコレートを渡そうと、ここにやってきた。これは、所謂逆チョコといった類のものではなく、友一郎は受験生であり、バレンタインデーに渡せなかったことの埋め合わせであった。
「お家帰って、チョコ作って・・・・・・友一郎さん喜んでくれるかな?」
「ハル先輩のくれるものだったら、何だって喜びますよ」
「そうだといいけど・・・・・・え、あれ?」
春香の目線の先には、1人の背の高い男がいた。彼はニコリと微笑み、春香の方にやってきた。
「背の高い人がいると思ったら、ハルちゃんだった」
「友一郎さん、どうしてここに?」
「塾の先生に、挨拶に行ってきたの。ハルちゃんは?」
「私は、えーと、あの・・・・・・」
どもる春香の横で、友子はニコニコしながら、声を上げた。
「チョコレート!」
「ちょ、ちょっと友子ちゃん」
「チョコ? あー、そう言えばもうすぐそんな時期かー」
「は、はい。2月はアレでしたので、3月に・・・・・・」
「うん、ありがとう、ハルちゃん」
友一郎は、春香に向かってニコリと微笑む。春香は顔をぱっと赤くした。友子はそんな2人を見て、ニヤリと微笑んだ。
「ハル先輩、これからウチに来ませんか?」
「え? そ、そんな急に・・・・・・」
「大丈夫ですよ。ね、お兄ちゃん」
「まあ、俺らは大丈夫だけど。ハルちゃんはこの後何かある?」
「な、ないです・・・・・・お、おじゃまします」
春香は顔を真っ赤にして返事する。鶴田兄妹はそんな春香を見て目を細めた。
3人は一緒に鶴田家へと向かった。190cmの友一郎も人目を引く長身であるが、彼を上回る長身女子2人に混って、そんな友一郎の長身は霞んでしまった。道行く人々は最初春香の長身に驚き、次の他の2人も巨大であることに驚き、再び春香の並外れた大きさに驚く。3人はそんなふうに周囲を威圧しながら人混みを歩き、鶴田家を目指した。
家に到着し、春香はソファーに腰を掛け、友子は3人分のお茶を準備する。友一郎は荷物を片付けるために自室へと向かった。
「ハル先輩、緊張していますか?」
「うー・・・・・・こんなことなら、もっと良いお洋服とか着てくれば良かった」
「ハル先輩は、何着てもかわいいですよ」
「うー、ありがとう、友子ちゃん」
友子はお茶を入れて机まで運ぶ。ちょうど、友一郎が部屋から出てきて、春香の表情が再び緊張で固くなった。春香は、私服姿の友一郎を見るのは初めてであり、新鮮な友一郎の格好に目が釘付けとなった。
友一郎は春香の側に立って、座っている春香をしばらく見下ろす。春香はわけが分からず、友一郎を凝視しながら首を傾げた。途端、友一郎は手を伸ばして、春香の頭を撫でた。春香は顔から火花を散らせて驚いた。
「ふぇっ! と、友一郎さん・・・・・・」
「ハルちゃん、本当に背が伸びたよね。身長いくつあるの?」
「え、ええと、230cmくらいです」
「すごい!」
友一郎はしばらく、春香の頭を撫で続けた。幸せそうに撫でられる春香を見て、春香の『体質』を知っている友子は多少の不安を覚えたものの、そんな春香に水を差す気にもなれなかった。
春香と友一郎のスキンシップはやがて終わり、3人は普通の会話を楽しむ。友一郎は、今日の今日まで恋人である春香に秘密にしてきたことを明かした。
「俺、農高に行くことにしたんだ。親戚に農家をやっている人がいて、何度か誘われていたから」
「あ、そうだったんですか。・・・・・・あの、サッカーの方は、もうやらないんですか?」
「うーん、推薦落ちたくらいから、なんかやる気無くしちゃってね・・・・・・」
友一郎は春香に向かって無理に笑顔を作った。春香はそんな友一郎を心配した。
心配そうな表情で友一郎のことを見つめる春香。友一郎は一度深呼吸をした後、そんな春香の手を取った。春香は小さく驚いた。
「ハルちゃん。よければ俺と一緒に、農業をやりませんか?」
――――3人の間の時間が凍結する。春香は理解が追いつかず、友子は兄の発言に目を丸くして、ぽかんと口を開けている。そして、理解の追いついた春香は赤面して涙目となりながら、応えた。
「・・・・・・はい、やりたいです」
「ありがとう、ハルちゃん。とはいっても、農高卒業した後だから、3年後のことだし、その頃俺がどうなっているかなんて、さっぱりわからないけどね」
すると、自嘲気味に言う友一郎の右手を春香は両手で包み込み、友一郎をまっすぐ見ながら言った。
「私もいっぱい勉強しますから、絶対一緒に農家さんになりましょう!」
「あ、えっと・・・・・・」
やる気にあふれる春香を見て、友一郎はあっけにとられた。友一郎にとって農家になるというのは、夢に破れて空虚になった心を満たすために立てたような目標であった。春香に話したのも、堕落し始めた自分に喝を入れるためのものであった。しかし予想以上に真剣な春香の表情に心を入れ替え、友一郎は春香の手をぎゅっと固く握り返す。
「・・・・・・うん、ハルちゃん。頑張ろうね!」
「はい!」
「じゃあ・・・・・・」
締めに何か決意を述べようとした友一郎だが、当然彼にそんなものはない。部屋を見渡し、時計に目がつき、それはすでに夕方を指していることに気がつく。
「・・・・・・今日はもう夕方だから、そろそろお開きにしよう。またメールしようね」
「はい! 今日はおじゃましました」
そう言って春香はソファーから立ち上がる。頭はぐんぐんと上昇し、やがてゴンと天井にぶつかった。鶴田家の天井は240cmであり、春香はそこまで成長していたのである。230cmというのは数カ月前の数値であり、それからさらに成長し、そして今日の友一郎とのやりとりで、春香はまた成長していた。
「イタっ・・・・・・あれ、来た時は大丈夫だったのに」
春香の『体質』。それは、好きな人を想うほど背が伸びるというものである。数カ月ぶりに恋人と過ごした春香の興奮と、彼への想いのチカラが、春香の成長を促したのだ。
ついに天井よりも背の高くなった春香を見上げて、鶴田兄妹はただ苦笑いをするしかなかった。こんな特殊体質を持って生まれた彼女が、今後どのような人生を歩んでいくのか。それはまた別の物語である。
-FIN
創作メモ
お題箱で頂いたリクエストです.「好きな人が視界に入るたびに5mmとかそれくらいの単位で少しずつ大きくなってしまう女の子の話.日に日にどんどん大きくなってしまってとっても恥ずかしいけれども好きだから見ずにいられないみたいな」
出来上がってみたら少しニュアンスが違ってしまったかもしれません.楽しんで貰えたら幸いです.